オペラ映画の「CARMEN (カルメン)」
Directed By FRANCESCO ROSI
1875年、パリのオペラ・コミーク座での公演に基づいて製作
CARMENのキャストとスタッフ
Carmen(タバコ工場で働くロマの女、カルメン)・・Julia Migenes
Johnson(ジュリア・ミゲネス・ジョンソン、メゾソプラノ)
Don Jose(バスク人のアルカラ竜騎兵、ドン・ホセ)・・Placido
Domingo(プラシド・ドミンゴ、テノール)
Micaera(ドン・ホセの許嫁、ミカエラ)・・Faith Esham(フェイス・エシャム、リリックソプラノ)
Escamillo(グラナダの闘牛士、エスカミーリョ)・・Ruggelo Raimondi(ルッジェーロ・ライモンディ、バリトン)
原作・・・プロスペル・メリメ
台本・・・アンリ・メイヤックとリュドヴィック・アレヴィ
作曲・・・ジョルジュ・ビゼー
演奏・・・ロリン・マゼール指揮、フランス国立管弦楽団
撮影・・・パスクァリーノ・デ・サンティス
美術・衣装・・・エンリコ・ヨーブ
舞踏振付・・・アントニオ・ガデス
監督・・・フランチェスコ・ロージー
製作年と国・・・1984年フランス・イタリア合作。
上映時間・・・158分
画面サイズ・・・ヨーロッパビスタ(1:1.66)
撮影原板・・・イーストマンカラー
音響効果・・・ドルビー・ステレオ サウンドシステム
DVD化は、フランスのゴーモン(Gaumont)製作
日本語版の製作・販売 紀伊國屋書店
トッポの感想
ぼくは高校生になった1960年頃から、学校から帰ると荒天を除いてほぼ毎日、大和川の堤防で5Kmほどのランニングした後で、自宅にあった真空管式のテーブルラジオで、NHKラジオが夕方に放送していた、アメリカ映画やフランス・イタリア映画などの映画音楽のサウンドトラック盤をよく聴いたものである。
「鉄道員」などは、映画音楽を担当した、カルロ・ルスティケッリのエンディング・テーマ曲の出だしに、「ボンジョルノ シニョーラ(お早う、奥さん)」というイタリア語の台詞も入る。
1960年当時の日本では、大阪ではFM放送がまだ開局していなかったが、大阪の朝日ラジオ放送と毎日ラジオ放送が協力して、クラシック音楽の「ステレオ放送」を夕食時のゴールデンタイムに実験的に行った時代で、我が家もラジオを一台増やして二台のラジオを並べてAM電波によるステレオ放送を聴いた記憶があるが、スピーカーが小さいので迫力はなかった。
ビクターさんからは、既に7万円台のHi-Fi(High Fidelity)・FMステレオチューナやLPレコードプレヤーとステレオアンプ、左右スピーカーがワンセットになったステレオ装置が発売されていて、洋楽にはステレオ録音のLPレコードも売られていて、欲しくてたまらなかったが、ぼくが生まれる前に祖父母が買った手回しの蓄音機で我慢した。Hi-Fi(High
Fidelity =原音の高忠実再生)には、ほど遠かった。
その内に、映画音楽をRoad Show専門劇場の大きなスピーカーで聴ける本物の映画が観たくなって、お小遣いを貯めて映画館へ足を運ぶようになった。特定の映画俳優のファンになって、映画館へ行く人は多いと思うが、ぼくのように映画音楽を聴きに映画を観にいった人は少ないと思う。
そういう趣味だったので、洋画のミュージカル映画は、高校生の頃から大好きになり、最初に観たのが「南太平洋」で、「王様と私」、「ウエストサイド物語」、「サウンド・オブ・ミュージック」、「マイ・フェア・レディ」などを何回も映画館で観たが、南太平洋の主演女優ミッチー・ゲイナーは歌手、サウンド・オブ・ミュージックの主演女優ジュリー・アンドリュースも歌手であったが、殆どのミュージカル映画では、俳優の歌う部分が、吹き替えで不満があった。
そのもやもやした不満をパッと解消してくれたのが、1984年に公開された、仏伊合作のオペラ映画「カルメン」である。これで、スッキリした。
音楽家でオーケストラ指揮者のロリン・マゼールが、知り合いの映画作家のフランチェスコ・ロージーに、「カルメンを映画に出来ないか?」と打診されて、ロージーはその気になって、夢を実現したらしい。
主役と脇役に、オペラ界を代表するオペラ歌手が映画に出演し、エポックメイキングなシネマになった。
これが、紀伊國屋さんから日本語字幕付きのDVDとして販売され、すぐに買って、46インチの大型フルハイビジョン液晶テレビ(ブラビア)で観た。
音と映像が実に素晴らしい。大感激!新品で6,000円〜5,200円ほどするが、いつでも観られるように、ぜひ買っておきたい作品だ。
ところで、日本では、スペイン舞踊のフラメンコを踊る、「カルメン」という、恋多き気性の激しい女性の名はよく知られているが、オペラに登場するカルメンはスペイン人の女性ではない。ここが、この作品のポイント(要点)になる。
カルメンという名は、フランス人のプロスペル・メリメが書いた小説に登場する、「ボエーム(bohème:フランス語)」と呼ばれる、祖先が北インドのロマ系の漂浪民の女なのである。
彼らの特徴は、祖先から口伝えで伝承されてきた「ロマニ語」と、漂浪した国々の言語を混ぜて話すが、ロマの人々には文字の文化がなく、簡単な文書でも読み書きできないので、漂浪先の国民と文書でのコミュニケーションが非常に難しい。にも関わらず、欧州全域にロマのコミュニティーが現在でも散在している。
彼らは漂浪先の各国で、余所者として苛めや暴力的な迫害にあっても、決してそれを恨まず、ひたすら耐え忍んで来たらしい。
歌と踊り、タロット占いが好きで、旅芸人や占い師、鋳掛屋(いかけや:ナベやヤカンの修理)などを生業にして現物収入を得たり、牧場や農園の季節労働者として働き、日々の糧を得ていた。ヨーロッパ各地を幌馬車(現在はトレーラハウス)で移動し、テント生活しながら暮らしている。気候が温暖で、日々の糧が得やすく居心地が良い場所には定住した。
スペインの温暖なアンダルシア地方で盛んになった「フラメンコ」は、漂浪民のロマの音楽と踊りが発展し、近世になってメジャーな芸能として認められるようになったものである。
カルメンという小説やオペラは、そういうスペインの風土や1820年当時の時代背景から生まれた作品だ。
故国を知らない漂浪民のことを英語では、Gypsy:ジプシーと呼んでいて、日本中にも広く伝わっている。
Gypsyは、エジプシャン(Egyptian:英語でエジプト人)のEを省略した言葉である。Eを省略した理由は定かではないが、諸国の各地を転々とする漂浪民の代名詞を考えたのは、English(イギリス人)であることには、間違いない。
というのは、Eを除いたgyptianから派生したスペイン語では、ヒターノ(Gitano:男)、ヒターナ(Gitana:女)、フランス語では、ジタン(Gitan:男)、ジタンヌ(Gitannes:女)と呼ばれており、祖先がエジプト人系の漂浪民を指すようだ。但し数世紀に亘る、様々な人種による漂浪民の混血などで、ジプシーとボエーム(ロマ)の違いは明確ではない。
ジプシーとかボエーム(ボヘミアン)という言葉は、日本では、特定人種の路上生活者に対する”差別用語”だというので、オペラ映画「カルメン」の日本語字幕では、「ロマ」に書き換えられているが、カルメンが歌うハバネラのアリア「恋はなつかない鳥(恋は野の鳥)」では、主演のジュリア・ミゲネスが、ボエームと原作通りに歌っている。
その、気性の激しいカルメンに恋した男「ドン・ホセ(台詞では、ドン・ジョゼと発音)」も、小説やオペラ上の人物である。
ドン・ホセもスペイン人ではなくて、スペイン北西部のナバラ州やバスク州に住む少数民族の「バスク人(イベリア半島の先住民族)」であることは、日本人には殆ど知られていないと思う。
バスク人はバスク語を話す。フランコ政権の時、バスク人は、バスク語の使用を禁じられたため、スペインからの独立運動を武力蜂起した。これは鎮静されたが、現在でもバスク人の中には、スペインからの独立を謳っている者もおり、スペインの体制派から監視されている民族でもある。
つまり、カルメンの原作者メリメは、スペインを描きながら、ロマと呼ばれる漂浪民やスペインに抑圧されたマイノリティーのバスク人を大きく取り上げたところに、小説や演劇を通じて読者(観客)に、彼らのことを知って欲しかったのであろう。
カルメンという作品を観る上で、そういう予備知識が必要になる。
「カルメン」というメリメの小説を基本に、フランス人のアンリ・メイヤックとリュドヴィック・アレヴィがオペラの台本を書いて、原作にはない主要な登場人物のミカエラ(ドン・ホセの許嫁)とエスカミーリョ(グラナダのトレロ)を加えてリブレット(歌の作詞とト書)を書き、フランスの作曲家、ジョルジュ・ビゼーが作詞に合わせた曲を提供してオペラのカルメンが仕上がった。
オペラとは、演劇と音楽で構成された舞台芸術である。日本では歌劇と呼ばれている。
オペラは、ドラマの背景をセッティングした大きな劇場の舞台で、オペラ歌手や合唱団が歌い、管弦楽団(オーケストラ)の演奏で公演されるのが常識だが、イタリア人のフランチェスコ・ロージー監督は、原作のイメージに近いスペインのアンダルシア州のセビリヤに、電線や道路標識、広告看板のない1820年代当時の町を造り、アルカラ竜騎兵の制服やロマが着る衣装も作り、主要な俳優には現役バリバリのオペラ歌手を起用し、オール・ロケで製作した画期的な「オペラ映画」なのである。
この映画では、ピーカンの日でも、シャドウの補助光には、眩しい銀レフを使わず、巨大なデュフィーザーをセットした5KWスポット数基を照明用移動車に載せてキャメラ移動車と連動して移動撮影するなど、大掛かりな撮影が行われた。
一般的な映画では、撮影してから後で画を観ながら録音するのが常識なのだが、当作品ではその逆で、歌と演奏の録音は、映画製作の1年前に、設備の整った音楽ホールや録音スタジオで入念に行われたそうだ。
もちろん、ロケでも普通のセリフもあるので、同録が行われているが、埃っぽいロケ場所でオペラを朗々と歌うと喉を壊してしまう。だから、口の動きが分かるアップの撮影では、先録りしたテープと同期させるため、撮影にかなりの手間と時間が掛かったと思う。
実際のオペラのカルメンは、1875年(日本では明治8年になる)3月に、パリの「オペラ・コミック座」で初公演された。
ところが、オペラ・コミック座で主役のカルメンを演じることになったソプラノ歌手のセレスティーヌ・ガリ=マリーが、作曲家のビゼーに対し、カルメン登場時の見せ場である、ハバネラのアリア(民族音楽の独唱部分)があっさりし過ぎているので気に入らず、公演中にハバネラの修整をビゼーに13回も頼み、やっと今の「恋は野の鳥(歌詞では、恋はなつかない鳥)」が完成したらしい。
その過労が祟ったのか、開演3カ月目にビゼーは36歳の若さで天国に旅立った。・・・カルメンをパリのオペラ座で初めて演じた女も、役に成りきって、作曲家を死に至らしめるほど気が強かったようだ。
なお、カルメンのオペラには、二種類の公演形式があるらしく、パリのオペラ・コミック座で初演された、原典版(歌唱のない台詞部分がある)での公演と、ビゼーの死後、ギローによって作られたグランド・オペラ版(台詞語りも朗唱:レチタティーヴォ)で公演される場合があるので、観劇する前に、どちらの公演か知っておいた方がいいだろう。
ところで、スペイン人ダンサーや歌手、スペインのギタリストによる、本場のフラメンコを日本で観たい・・・そんな人もいる筈だ。
それが、いつでも観られるところがある。(※時々休演や日本人代演もあるので、主催者に事前確認が必要)
風光明媚な伊勢志摩国立公園内の三重県志摩市磯部町に、「パルケ・エスパーニャ(和訳で、スペイン公園)」という、近鉄レジャーサービス(株)が所有するリゾート・テーマ・パークがある。現在の運営管理は「(株)志摩スペイン村」が行っている。
ぼくは、スペインの文化と歴史を日本の美しい場所で再現したテーマ・パークに興味が湧いて、平成6年(1994年)4月22日の開園日に行きたかったのであるが、諸々の事情で訪れる機会を逃し、一度は訪ねたいと思っている内に、12年も経ってしまった。
個人的に伊勢志摩へ行く時は、写真を撮って回る箇所が方々に散在しているので、マイ・カーで行くことが多いのだが、昨今の近鉄には、「まわりゃんせ」という、リゾート施設入場券と連絡バス往復運賃、近鉄特急往復乗車券がワンセットになった特別企画乗車券が販売されていて、パルケ・エスパーニャのコースなら、60歳以上のシニアパスが、何と7000円でお得なプライスになっている。
だから、クルマで行くのを止めて「まわりゃんせ」で行くことにした。
2013年3月から新登場した観光特急「しまかぜ」に「まわりゃんせパス」があるのかどうかは、未確認である。
初めてパルケ・エスパーニャに行ったのは、2006年4月25日(火)だった。
近鉄上本町駅始発9時25分の賢島行特急「伊勢志摩ライナー」に乗った。
このダイヤの特急は、近鉄では甲特急と言って、大阪市内の鶴橋駅から三重県伊勢市の宇治山田駅までノントップ(※現在、大阪から賢島行の甲特急は土・日のみ運転で、近鉄難波駅始発10時20分の一本に変更)で、快適だった。
11時30分に志摩磯部駅で降り、三重交通のシャトルバスでパルケ・エスパーニャに向かった。
大阪を出発する時は曇りだったが、スペイン村の上空は紺碧の快晴だった。エントランス(玄関入口)で「特別企画乗車券」を見せて入園すると、園内には修学旅行の高校生達が大勢来ていた。
ここへ来た第一番の目的は、買ったばかりのCanon EOS5Dと、EF24-70mm
f/2.8L USMとEF70-200mm f/2.8L IS USMのレンズテストの為だった。
園内のパレードで、スペインの民族衣装を着たスペイン人のスナップを撮った後で、二番目の目的である、フラメンコのライブを撮りたかったのだが、予想していたように、フラメンコショーのライブ中は撮影禁止・録音禁止だった。
カメラをバッグに了(しま)って、フラメンコショーを楽しんで観ることにした。
パルケ・エスパーニャには、「カルメン・ホール」があり、そこで、フラメンコのライブがパルケ・エスパーニャの営業日に1回又は2回行われている。入場料500円払ってホールに入り、空いた席に座って開演を待つ。客の入りは満員だった。
ここで生まれて初めて、スペイン人だけによるフラメンコショーの実演を観た。
フラメンコダンサーというのは、男は背が高く、足が長く背筋も伸びてカッコイイので、衣装も見栄えする。
女性は、ラテン系のグラマー美人である。
フラメンコは、歌・踊り・ギター伴奏の三つで構成され、踊り子は両手にカスタネットをはめ、利き手で高音用、反対側で低音用の音を鳴らす。
フラメンコギターとカスタネットの響き・・・息の合ったペアの踊りも良かった。
余談だが、フラメンコを観る時は、アンダルシア産のシェリー酒「マンサニーリャ:Manzanilla」を飲んで観るのが「通」らしい。食事の時に飲むワインで、よく冷やして、ストレートでもソーダー割でもイケルらしい。カップルでデートして、女性が「マンサニーリャを飲みたいわ」と、男に言えば、「今夜は帰りたくないの」。という意味らしい。いいじゃないですか。オペラ映画を観て、早速、洋酒専門店の成城石井へ、Manzanilla
LA GITANA(マンサニーリャ・ラ・ヒターナ)を買いに行った。
パルケに行ったときは、そんな粋な意味があるなんて、全く知らなかった。
カルメンのオペラを観劇したことはないが、フランチェスコ・ロージー監督が、オペラ映画「カルメン」を作ってくれたお陰で、ジョルジュ・ビゼー作曲のオペラ「カルメン」を知ることができた。今作のオペラ演奏は、ロリン・マゼール指揮、フランス国立管弦楽団の演奏で、合唱はラジオ・フランス合唱団と児童合唱団である。