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上の写真は、2007年4月5日に取材しました。中国地方の山岳部・岡山県真庭市別所にある「醍醐桜 (だいござくら)」です。
醍醐桜の名の由来は、鎌倉時代の末期に朝廷が親鎌倉派の北朝と反鎌倉派の南朝に分かれた一時期があり、南朝の初代天皇になられた「後醍醐天皇」は討幕計画が鎌倉幕府に発覚して捕虜になり、廃位させられて正慶(しょうけい)元年:1332年に隠岐島へ配流 (はいる:僻地へ軟禁)になったんです。
京から隠岐島に向かう時、備中の山峡に美しく咲いていた桜に感動され......そういう伝説から醍醐桜という名前がついたようです。後醍醐天皇は醍醐寺の座主・文観(もんかん)とも関係が深く、醍醐寺は豊臣秀吉が花見した昔から有名な桜 (シダレザクラ)の名所ですからね。因みに備中の醍醐桜は、ヒガンザクラです。

早朝の5時15分に大阪市平野区を車で出発して、近畿自動車道〜中国自動車道を利用して霧に包まれた美作落合ICで降りて一般国道を走り、途中から林道に入って、ほぼ満車状態の観光客用駐車場に着いたのは7時50分でした。クルマを降りた時は、山峡の崖に聳える孤高の桜樹は、淡い雲海に包まれていたんですが、日が差すと霧は蒸散して青空が30分間続き、その短い晴天の一瞬を狙って「空抜きの桜」を撮りました。8時40分になると、北西から雪雲が流れてきて、再びモノクロームの世界になってしまいました。岡山県の天然記念物までは、大阪からはクルマで片道220kmです。

撮影日:2007年4月5日、カメラ:Canon EOS 5D、レンズ:EF24-70mm f/2.8L USM
撮影者:尾林 正利


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醍醐桜は北側から撮る方がボリュームがありますね。背景の山を近づけて撮りたかったので望遠レンズを使いました。
人気のある醍醐桜の周りには、早朝から見物客が多く、ファインダーの中に人物がフレームインします。10カット撮って、掲載した写真が、何とか 人のいないOKカットになりました。
撮影日:2007年4月5日、カメラ:Canon EOS 5D、レンズ:EF70-200mm f/2.8L IS USM


上の写真は、奈良県宇陀市大宇田本郷にある、豊臣家の家臣・後藤又兵衛に由来する「又兵衛桜」で、枝垂れ桜の名木です。自宅のある大阪市から片道で60kmほどです。近鉄大阪線の乙特急 (停車駅が多い特急) や急行も停まる「榛原駅」からバスで大宇陀中学校のバス停まで行けますが、バス停から又兵衛桜のある大宇陀本郷まで、少し歩くことになりますね。この日は4月なのに粉雪が舞っていて、薄日が差した数分間に撮りました。
又兵衛桜は立派な枝垂れ桜 (シダレザクラ) でした。背後に紅い花の咲く木が植えられていてアクセントになり、雰囲気がいいですね。

撮影日:2007年4月4日、カメラ:Canon EOS 5D、レンズ:EF70-200mm f/2.8L IS USM


同じ又兵衛桜をカメラ位置を変えて撮りました。背景が緑だとイメージが全然違います。だから、一枚の写真を見ただけで物事を判断してはダメなんです。数枚の写真をみて、客観的に判断できる眼力を養う必要がありますね。薄陽を待った甲斐がありました。
撮影日:2007年4月4日、カメラ:Canon EOS 5D、レンズ:EF70-200mm f/2.8L IS USM


「さくら」と言えば、やはり奈良県吉野郡吉野町の吉野山でしょう。歌舞伎の「義経千本桜・初音旅」ゆかりの場所なんです。
吉野山への取材は、3月中旬〜4月中旬の桜の季節だと、観光バスや花見客の車列で周辺道路がかなり渋滞しますので、ぼくは車ではなく近鉄の急行電車に乗って行きました。
近鉄吉野線の終点・吉野駅(標高200mぐらい)から吉野大峯ケーブル自動車 (ロープウェイ) に乗り継いで、吉野山駅(標高250mぐらい)から小型のシャトルバスに乗って奥千本口に近い高城山展望台 (標高700m)へ行き、そこから山を下りながら写真を撮る事にしました。
僕が吉野山へ行った時は、中千本が満開でした。画面中央奥にあるのが、修験道の総本山である金峯山寺蔵王堂(きんぷせんじ ざおうどう)です。屋根は檜皮葺(ひわだぶき)きです。

撮影日:2004年4月7日、カメラ:FUJI FILM FinePix S2Pro、レンズ:Ai AF-S Zoom-Nikkor 17-35mm f/2.8D IF-ED


上の写真は、上千本から見た蔵王堂です。吉野山の桜で一番多い品種は、古木の「シロヤマザクラ」が一番多く、凡そ200種もあるそうで、3万本も植えられているそうです。
因みに大阪城公園に植えられて、大阪府での桜の開花宣言の標本木にされている「ソメイヨシノ」とは、伊豆大島産のオオシマザクラと東京産のエドヒガンザクラの交配種らしいです。この桜は江戸時代の品種改良によって生まれた桜で、江戸の植木屋さんが商売のため「染井吉野」として、江戸で販売されたんです。吉野が発祥ではないようです。今なら、産地偽装になりますが、江戸時代なので、商標登録におおらかでした。
千本桜は上から見ると迫力がありますね。吉野山は急な坂が多いので、カメラマンは機材を絞った方が良いですよ。桜撮るのに三脚?要らないですよ。レンズは標準ズーム1本で行くべきでしょうね。

撮影日:2004年4月7日、カメラ:FUJI FILM FinePix S2Pro、レンズ:Ai AF-S Zoom-Nikkor 17-35mm f/2.8D IF-ED


上は金峯山寺蔵王堂です。 ぼくは大阪市平野区に住んでいて、区内には吉野山や大峯山で修行されている方もいらっしゃいます。
現在は山岳宗教の霊場として「大峯奥駆道(おおみね おくがけみち)」が、2004年にユネスコの世界遺産に登録されています。この道は、吉野から熊野本宮大社まで、険しい山の尾根伝いを歩く参詣道で、各所に修行場 (靡き:なびき) があって、修行しながら旅をします。結界内は一応、「女人禁制」になっています。

因みに吉野から熊野本宮へ向かうことを「逆峯(ぎゃくふ)」、熊野本宮から吉野に向かうことを「順峯(じゅんぷ)」というそうです。
吉野山と大峯山の修験道は、元々は一つのものだったのですが、明治維新政府の政策であった神仏分離令によって、神仏習合の信仰は禁止にされ、大きな混乱が起きたんです。この影響から各寺は(明治維新〜太平洋戦争の終戦まで)独自の生き残 る道を考え、山上ヶ岳の蔵王堂は「大峯山寺」として、吉野山の蔵王堂は「金峯山寺」として独自の道を歩んでいます。

撮影日:2004年4月7日、カメラ:FUJI FILM FinePix S2Pro、レンズ:Ai AF-S Zoom-Nikkor 17-35mm f/2.8D IF-ED


上は、京都市伏見区下醍醐にある醍醐寺仁王門前の桜です。下は醍醐寺金堂の枝垂れ桜です。桜も幕も風に揺れていました。2012年4月9日に取材


上の二枚の写真は、京都市伏見区にある醍醐寺です。伏見区と言っても、醍醐寺は山科盆地 (やましな ぼんち) の中にあります。
ここの三宝院(さんぼういん)庭園は素晴らしく、1967年の桜の散り始めの頃に初めて醍醐寺へ行った時は、新芽が瑞々しい三宝院の庭園を2時間ほど表書院の縁側に座って庭園を眺められたのですが、2012年に行った時は、スゴイ行列で歩きながらの2分間の鑑賞でした。 東京の上野にある国立博物館で「ダヴィンチ展」の"受胎告知”の油彩画を観た時のようで、ガッカリしました。ま、醍醐寺の有料会員になれば・・・ゆっくりと見学できるそうですが。ここは、枝垂れ桜が綺麗でした。

撮影日:2012年4月9日、カメラ:Canon EOS 5D Mark2、レンズ:EF24-105mm f/4L IS USM

醍醐寺の国宝・五重塔ですが、枝垂れ桜で隠れています。京都らしい景観ですね。太閤の豊臣秀吉は醍醐寺が好きで、花見の茶会をやったことから、
毎年4月の第二日曜日に「豊太閤(ほうたいこう)花見行列」が開催されるそうです。
醍醐寺へは、大阪からだと京阪電車が便利です。桜のシーズンは、大型観光バス、マイカーが数珠繋ぎになって混みますよ。淀屋橋か天満橋から京阪特急に乗り、中書島で宇治線に乗り換えて六地蔵駅で下車し、京阪バスが醍醐寺総門の傍に停車するので便利です。3カ所拝観できる入場券もあります。

撮影日:2012年4月9日、カメラ:Canon EOS 5D Mark2、レンズ:EF24-105mm f/4L IS USM


空を覆う"報恩院"の枝垂れ桜...見事ですね。
撮影日:2012年4月9日、カメラ:Canon EOS 5D Mark2、レンズ:EF24-105mm f/4L IS USM


大阪市の桜の名所は、大阪市北区天満1丁目にある「造幣局の桜の通り抜け」の1週間イベントで、多くの市民で賑わいます。桜の種類は遅咲きの八重桜が多いです。元々はこの界隈は"さくらのみや"と言って、摂津国の桜の名所で、造幣局の局員が楽しめるように構内にも桜並木が造られたのですが、大阪市が誕生する6年前の明治16年(1883)、局長の遠藤謹助氏が大阪の四大区(北区、西区、東区、南区) の区民の人々も花見が楽しめるように期間を定めて無料公開され、戦時中以外は、今日に続いています。

毎年、4月の中旬に一般公開され、週末には夜間にライトアップされて夜桜見物ができます。トイレが北門の一カ所なので、さくら見物の前に済ませた方が良いでしょう。花見見物の途中で河川敷に出て露店で食事したい場合は、北門近くに「桜門」が解放されています。
写真左は大川河川敷の桜並木で、通り抜けの開催中は、焼きそば・お好み焼きなどの露店が並んでいます。遠方には、今は懐かしい京阪の初代3000系の特急(旧塗装の8030系8連)が見えます。現在は富山電鉄で活躍しているようです。

撮影日:2008年4月22日、カメラ:Canon EOS 5D、レンズ:EF24-70mm f/2.8L USM


大阪にある造幣局の桜の通り抜け見物は、構内の560mが、"北行きの一方通行"になっていて、天満橋に近い南門から入場し、国道1号線に面した「北門」から出ます。その通路の両側や真ん中に、凡そ350本の桜の木があって、131品種(2014年)の様々な桜の花を鑑賞できます。造幣局内では、食べ歩きはできません。
平成17年には1.147,000人の入場者があったそうで、お子様連れは"迷子"にご注意を...。





造幣局の桜の通り抜けには、様々な珍種がご覧になれます。午前中は比較的空いていて、ゆっくりと鑑賞できます。 上の白い八重の桜は「普賢象」という品種で、一番気に入った桜でした。
撮影日:2012年4月22日、カメラ:Canon EOS 5D、レンズ:EF24-70mm f/2.8L USM

さくらの季節...


岡山県真庭市の醍醐桜 2007年4月5日取材
奈良県宇陀市の又兵衛桜 2007年4月4日取材
奈良県吉野町の中千本 2004年4月7日取材
京都市伏見区の醍醐寺の桜 2012年4月9日取材
大阪市北区天満の造幣局の桜の通り抜け 2008年4月22日取材

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記事と写真:尾林 正利 2015年2月28日編集

さくらの開花が間近...

「さくら」と言えば、ぼくは幼い頃から絵を描くのが好きだったので、小学生の頃に使った”サクラクレパス”とか、19歳から写真を勉強し始めたので、"小西六"の サクラフィルムを思い出します。
小西六の感材では、カラーフィルムを使ったことは記憶にありませんが、モノクロのコニリス(シートフィルムで印画紙現像と同じ処方)とモノクロ・リヴァーサルフィルム(小西六のラボで現像) の性能が良くて若い頃に使った思い出があります。

やはり"さくら"と言えば、入学式とか入社式のイメージが強いですね。
人生の中でたった一度だけ、22歳の時にベンチャー会社創業の人たちと一緒になって、京都市山科区にある桜の名所で酒宴の花見を賑やかにやったのが懐かしいです。

ピーカンの空の下...さくらが満開で、買ったばかりのNikon Fで記念写真を撮って、その時の様子を時々思い出します。
そこの会社に僕が居たのは、僅か 4カ月で短かったのですが、3夜連続徹夜をやって自宅に帰れず...プッツン!しました。

当時は既に名が知られ、安定さがあった広告制作会社の求人募集に応募し、面接後に採用が決まったので、その会社で数年間は腰を落ち着けることにしました。
ぼくは、1966年 (22歳) にスタジオ撮影がメインのコマーシャルフォトのカメラマン (フォトグラファー) になったので、ストレートな桜の写真を撮る機会が少なく、風景写真を撮りだしたのは、ホームページを開設した2003年5月以降からなんです。

大阪市北区天満にスタジオがあった時は、南天満公園の桜の満開を毎年30回も観たのですが、そこの桜を撮ったのは5〜6回ほどでしょうね。
写真の多いホームページを制作するようになって、四季を彩る花や行事の写真が必要になって、新たに取材することにしたんです。

文字ばかりのWEBページでは、ビジュアルを重視する今の人は息苦しくて読まないでしょう。
文章と文章の間に、季節の行事や花の写真やイラスト(挿絵)を貼って置けば、個人的には文章が読みやすくなると思いますね。

それに写真の見せ方にもテクニックが... 女性読者が多い場合は、被写体の周辺をぼかしてソフトフォーカス気味に、ソフトタッチな演出をします。
男性読者が多い場合は、シャープな写真が好まれます。

ま、取りあえず、桜の名木を調べ、それを管理する市役所の観光課などに現状の様子と開花情報をお聞きし、実際に行ってみることにしました。
オープンロケで、一番重要なのは、ロケ場所の現況です。
ぼくが駆け出しの頃に、広島県呉市に完成した販売店の店舗外観、店内、店主のお顔を撮影することになり、上司から「店主さんの話しは、手紙で送って貰ったので、撮影するだけだから、新店舗は君一人で撮ってきてくれ」といわれ、ぼくは、住所と電話番号をメモし、一人で国鉄の大阪駅から寝台急行列車の「音戸」に乗って呉へ向かいました。

この夜行列車は、EF58型電気機関車が 新大阪〜下関間 (京都〜広島間もあったらしい) の電化区間を牽引するのですが、山陽本線の糸崎駅から広島駅までは、非電化区間の呉線を経由するので、糸崎駅からC59蒸気機関車の牽引になり、呉線はトンネルが多くて、2等寝台の換気口の隙間から細かな煤が入ってくるんです。 熟睡出来なかったですね。

そして呉駅の近くで朝食などの時間調整してタクシーに乗って現地へ着いたら、なんと、新築の販売店がありません。
近くの人に訊いてみたら、数日前に地鎮祭をやってたそうなんで、もうすぐ建設が始まるだろうと言うことで、店主に新店舗の竣工確認の電話をしなかったことが「渇!」ですね。上司の言われた通りに動くのではダメです。

当時はケータイなんて無く、オープンロケでは、公衆電話しかなかったんです。
芸能人やモデルを起用するような、お金を掛けたCMやコマーシャルフォトの場合は、ロケハンしますが、制作費を掛けない場合は、ぶっつけ本番です。

大阪で晴れていても現地では雨が降っている場合もあり、昔は新聞に載った天気図をみて"行く"か"止める"かの判断をしていました。
昨今は、気象衛星の画像解析が進歩し、気象台が全国にある観測所にドップラーレーダーを配置しているお陰で、天気予報の精度が上がりました。

思い立ったら、ぼくは直ぐに行動します。
先ず、奈良県の宇陀市 (うだし) に桜の名木があるというので、大阪市から近いので、早速カメラを持って車で見にいきました。
奈良県で、さくらの名所と言えば、吉野山に決まっているのですが、ここは桜樹の本数で有名なんです。下千本、中千本、上千本、奥千本もありますが、奥に千本あるのかどうかは判りません。吉野山には3万本も桜の木が植えられているので、本当なんでしょう。
吉野山は2004年に取材したのですが、急坂が多く、中千本や上千本辺りでカメラバッグを担いで動き回っていると、翌日は膝にきますよ。

「又兵衛桜 (またべえざくら) 」... 大坂夏の陣で、豊臣方の重臣であった後藤又兵衛ゆかりの桜樹らしいのです。
大阪市平野区の自宅から車で一般国道を走って60キロほどで、場所は近鉄大阪線の榛原(はいばら) 駅の近くで、国道166号線で行けます。2007年 4月4日、4月になっても寒い曇天の日に、車で出掛けました。写真は撮れなくても、見るだけでも価値があるなと思ったのです。

僕は桜井市の長谷寺には牡丹の咲く季節に数回行っているのですが、宇陀市で写真取材するのは初めてだったんです。 場所は判りやすくて、大宇陀本郷という集落に私設の駐車場があって、500円払いました。現在では、駐車料とは別に100円の入園料が要るみたいです。

又兵衛桜に着いた時は薄陽が差していて、好天になる兆しが見込めない怪しげな雲行きだったので、さっさと数カット撮影しました。撮影が終わると雪雲がカーテンのように降りてきて、粉雪が舞いました。又兵衛桜も寒の戻りにビックリしているでしょうね。
ここの桜は見る角度によって、表情が違います。 人間にもそれぞれ個性があるように、数百年も生きてきた桜樹にも哲学的な風格という個性が滲み出ています。粉雪が激しく乱舞して気温が下がり、車に戻って暖機運転を行い、冷えた体も暖めました。

自宅に帰ってEOS 5DとPower Mac G5を接続し、EOS 5Dに装填したCFのデータをMacに転送しました。翌日は岡山県にある「醍醐桜 (だいござくら)」の取材でした。場所は、中国地方の山間部です。
天気予報では4月5日の岡山県の美作落合 (みまさかおちあい) 周辺は午前中に濃霧注意報が出ていたんですが、高山祭へ行ったとき、泊まった旅館で朝起きて窓のカーテンを開くと、大阪では経験しない濃霧だったので、
女将さんに「今日は、雨降るの?」と訊いてみました。
旅館の女将「これは夜の冷え込みの霧だから、あと1時間経ったら青空がでますよ」
すると、日が差すと霧が流れて青空が...。 それを信用することにしたんです。

4月5日は、 朝5前に起きて、お湯を沸かし、トーストした食パンにハムエッグとコーヒーの軽い朝食をとって、カメラバッグを車に積んで5時過ぎに大阪市を出発、中環から近畿道〜中国道に入り、時速100キロほどで、落合美作へ。
岡山県に入ると、高速道路の路肩にうっすらと積雪が...。

美作落合ICで、中国道を出ると、しばらく国道313を西進して備中川に架かる美川橋南詰で国道から分かれ、橋を渡って県道の84号線を北進すると、道の標識に「醍醐桜へは真っ直ぐ」などと親切に書いてあります。助かりますね。
別所小学校に近くで84号線から分かれて林道の方へ進み、2007年当時は、道幅の狭い砂利道の林道で、中級の運転技術が要ります。「別所」の集落まであと僅かです。
醍醐桜見物用の駐車場は、現在は130台ほど駐車できるようですが、ぼくが行ったときは50台ぐらいで、ほぼ満車状態だったので焦りましたね。

醍醐桜が咲いている真庭市別所は標高が約500mの高さだったのですが、撮影前で気合いが入っていたので、寒さを感じなかったですね。
この場所は、2003年にNHK大河ドラマの「武蔵 MUSASHI」のロケ地になったそうですが、気付きませんでした。市川新之助 (後に11代目の市川海老蔵に襲名)さんが"武蔵"に、"お通"に米倉涼子さんが出演したドラマでした。
山峡に溜まっていた霧が流れだし、青空が出た一瞬に"空ヌキの醍醐桜"をゲット。続いて望遠で崖の上に聳える孤高の名木を薄陽の差した一瞬をゲット。
必要なカットを撮ったあとは、醍醐桜の花弁のアップなどを撮って、帰りのラッシュにならないうちに早めに駐車場を出ました。

ところが、田舎なのに車がノロノロと進まないので、その原因を車から降りて調べたら、女性ドライバーの車が後輪を溝に落として、迷える子羊?は、どうしていいのか判らない。
ケータイの電波が届かない山の中では、JAFさんがレスキューにやって来るまで待ってられないので、後ろの車のドライバーさんに呼びかけて、みんなで持ち上げたらと提案し、5名の男性がだんじりを動かすように人力を振りしぼって3分で解決。
ま、車に乗って遠出すると、想定外のことが忘れた頃に起きますね。

帰りは津山に寄り道して国道沿いの食堂で昼食をとったら、前日が醍醐桜のライトアップが行われていたそうで、地元紙の第一面を飾っていました。
事務所に帰って早速、MacにEOS5Dで撮った画像をダウンロードし、使える写真が2枚撮れていて、ホッと一安心。

記事の更新は、2015年 2月28日 尾林 正利

写真と記事の無断転載を禁じます。尾林 正利

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