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マイ・フェア・レディ

(1964年公開・原作は、バーナード・ショウの戯曲「ピグマリオン」の映画化)

My Fair Lady
Directed by George Cukor

始めに、「My Fair Lady = マイ・フェア・レディ」という題名は、「私の素敵な女性」というような意味ではない。
原作者のバーナード・ショウの意図では、「Mayfair Lady = メイフェア・レディ」のことを表す。「メイフェアに住む貴婦人」という意味である。

メイフェアというのは、現在でもロンドン中心街(Inner London)のピカデリー・サーカスの近くに、Mayfair(メイフェア)という地域がある。
メイフェアには、ウェストミンスター公爵家が多くの土地・建物を所有するセレブな高級住宅街があって、メイフェアに住んでいる公・侯・伯・子・男爵家、英国の上院議員(貴族院;議員は無報酬だが経費は支給)や資産家のセレブな女性たちをメイフェア レディ(Mayfair Lady 貴婦人)と呼んでいた時期もあって、ロンドン下町(Outer London)のソーホーで暮らす住民には、"コックニー訛り(Cockney)"があって、日にちのDay(デイ)をダイと発音し、メイフェア・レディ(貴婦人)達をマイフェア・レディと訛ったことに由来している。

メイフェア地区で使う英語は、上品だといわれるクイーンズ・イングリッシュ(標準英語)だ。
戦前の日本の学校で教えていた英語は、クイーンズ・イングリッシュだったらしいが、WW2の4年間は、不幸にも日本では英語の使用が禁止されたが、戦後に英語の義務教育を受けた人は、GHQ(連合国軍最高司令部)のマッカーサー最高司令官の指導で、アメリカン・イングリッシュ(米語)の方を習っている。
ぼくは、中学から「Jack and Betty」を習ったが、高校の英語の教師が最悪で、発音が×。
I am a boy...。自分が「男」か「女」かは、誰でも見たら分かるのだが、「オネエ」が多い昨今では必要なEnglishになりつつある。

声変わりしていない子供が電話に出ると男の子か、女の子か判らないこともあるので、Are you a boy or girl?と訊かれた時に答える英語で、普段は滅多に使われないそうだ。男女の性別がどっちか判らないときに使う英語なので、ゲイの多い場所でしか利用価値がない。
ところで、英語と米語は同じではない。同じスペルでも発音が違うし、同じモノでも単語が違うものも少なくない。

例えば、水のことをウォーターと発音すれば、日本国内では殆ど通じるが、残念ながら英国や米国内では、殆ど通じないらしい。
その理由は、巻き舌で喋れない"舌の短い日本人"が発音すると、ウォーのオーの発音が強すぎて、欧米人には、オータ(太田)と聞こえるそうである。
英語のWater=ウォーツァー、米語では "t" を省略して、Water=ウォーラーと発音するので大違い。欧米のレストランで水を注文するときは、英語と米語の発音に気をつけよう。
最近、自動車の運転でアクセルとブレーキを踏み間違えるバカな人が多いが、アクセルペダルの名称は日本だけ通用し、英国ではAccelerator(アクセラレーター)と呼び、アメリカではGas Pedal(ガス・ペダル)と呼んでいて、英米は同じ部品でも呼び方が違うのだ。

ところで、イギリス国内で話される英語には様々な方言がある。その理由はカンタンだ。イギリスはグレート・ブリテンと北アイルランドを合併した四つの連合王国なので、公用語の英語の他に、ウェールズのケルト語やスコットランドのゲール語が混じる。

日本でも、津軽弁や鹿児島弁、大阪弁が話されるように、それぞれの土地の言葉が標準語に混じっている。
因みに、同じ大阪弁でも、大店(おおだな)の商人(あきんど)が使う上品な「船場ことば(大阪市の旧北区、旧南区、旧西区、旧東区で使用)」と、大阪府民が話すざっくばらんな「摂津方言」、「河内方言」、「和泉方言」に別れ、この内、大阪弁というのは人口の多い地域の河内方言(河内弁)のことを指している。「ホンマでっか?」

同じロンドンの下町、とくに、東ロンドンのEast End(ソーホー)に住む労働者階級の人々が話す英語には、"コックニー訛り(Cockney)"という独特の方言があり、特徴はいろいろがあるらしいが、目立つのはフランス語のようにHを発音しない単語が多いことだ。

例えば、Henry:ヘンリーがアンリー、Hotel:ホテルがオテルに、Day(デイ)を"ダイ"と発音し、Mayfair(メイフェア)を"マイフェア"と発音するので、当て字の「マイ・フェア・レディ」というタイトルは、上流社会の貴婦人(レディ)に憧れるコックニー訛りの花売り娘、Eliza(イライザ)に対して、パロディで付けられたタイトル(題名)なのだ。

「マイ・フェア・レディ」にはなれても、いつかは化けの皮が剥がれて、家柄と育ちのせいで、「メイフェア・レディ」には、絶対になれないという皮肉が、映画の原作に込められているのだ。fairという英単語には、「公正な」という意味の他に、スラングとして「上辺だけ」という意味もある。

マイ・フェア・レディの原作は、イギリス(※実はアイルランド出身者)のノーベル文学賞作家、ジョージ・バーナード・ショウ(George Bernard Shawが書いた戯曲「ピグメイリオン(Pygmalion)」("ピグマリオン"と発音するのはコックニー訛り)を彼の死後にミュージカル・コメディにしたものである。

「ピグメイリオン」は、ギリシャ神話に基づいている
因みに、ギリシャ語でピュグマリオーンは、ギリシャ神話に登場するキプロス王の名前である。側近に居る女性たちに不満足な王は、理想的な女性像を自ら彫刻して「ガラテア」と名付け、最初は自分好みの顔立ちや体型の女を彫った、オールヌードの彫像だったが、衣服を彫り足して理性を加え、自分の彫像に恋をするようになった。そして、ピュグマリオーンは、自分が彫った彫像に話し掛けて、美味しそうな食べ物を供え、彫像のガラテアが生身の美しい女性に化けるように神様に祈った。

しかし、彫像は彫像、慰めの人形は、ただの人形・・・叶わぬ恋やつれで衰弱していくピュグマリオーンを見兼ねた、ギリシャ女神のアプロディーテ(愛・美・性を司る女神)が彫像に成人女性の生命を吹き込み、ピュグマリオーンは人間になったガラテアを娶る・・・という神話である。

バーナード・ショウの生存中は、「Pygmalion」という題名で、ギリシャ神話を現代劇に戯曲して、1913年に舞台劇として初演、1938年にイギリス映画で初公開されたが、彼の死後にミュージカル・コメディーの「マイ・フェア・レディ」として、Alan Jay Lerner(アラン・ジェイ・ラーナー)によって脚色しなおされ、舞台劇や映画で上演・上映されるようになったものである。

因みに、バーナード・ショウは、(当時は反英的な)アイルランド出身の影響を受け、英国のような階級社会を否定する社会主義者で、社会主義を礼賛する親ソ的な発言、優生学の見地から親ナチ的な発言で、英国の保守層から要注意人物として睨まれ続けた。
バーナード・ショウは、極端なベジタリアンで、「私は充分に長生きした。そろそろ禁忌(きんき:タブー)を破って、ビフテキを食べて自殺したいが、私には動物の死体を食べるような趣味はない」と公言している。
また、マスコミ取材で「あなたの人生で一番影響を受けた本は何ですか?」の質問に、すかさず「銀行の預金通帳だよ」と答える辺り・・・かなりの皮肉屋さんだ。

さて、「マイ・フェア・レディ」のミュージカルは、フレデリック・ロウが作曲を担当し、アラン・ジェイ・ラーナーが作詞した、「I could have danced all night:踊り明かそう」と「On the street where you live:君住む街で」が日本でヒットした。

バーナード・ショウは、自分の著作物のミュージカル化を嫌ったので、彼が亡くなった1950年以降に、遺産相続人からピグマリオンの著作権を買い取って、「マイ・フェア・レディ」のミュージカルが解禁されることになった。

先ずは、ニューヨーク市にあるブロードウェイのマーク・ヘリンジャー・シアターでジュリー・アンドリュース(イライザ役)とレックス・ハリソン(ヒギンズ教授役)、スタンリー・ハロウェイ(イライザの飲んだくれの父)が演じて、1956年3月15日の初公演から、7年半(2717回)上演の大ヒット作になった。この三人は、歌える俳優である。

舞台劇は好評の内に千秋楽を迎えたが、映画会社のワーナー・ブラザースが、ミュージカル演劇の映画化の興行権を原作者の相続人から取得し、同じ音楽と同じキャスティングで映画を製作することになったが、ワーナーは、歌は上手いが、映画界ではまだ無名だった舞台女優のジュリー・アンドリュースに代えて、イライザ役にオードリー・ヘプバーンを起用し、男優陣は、レックス・ハリソンとスタンリー・ハロウェイが、そのまま映画に出演することになった。

個人的には、オードリーが主演した映画の中では、一番演技が良かったのが"イライザ役"だったと思うが、オードリーは女優としては超一流だが、歌の方がプロ歌手のレベルではない。歌声に滑らかさが足りないのだ。「ティファニーで朝食を」の主題曲"Moon River"のようなスロー・テンポの歌詞なら無難に歌えるが、「I could have danced all night:踊り明かそう」のようなアップ・テンポな曲になると、歌詞が聞き取り難い。

ブロードウェイのマーク・ヘリンジャー・シアターの舞台でイライザを演じていたジュリー・アンドリュースは、4オクターブの音域で歌っていたので、歌が上手すぎた。
製作者のジャック・ワーナーの苦渋の判断で、「王様と私(1956年)」や「ウェストサイド物語(1961年)」の主演女優の歌唱を吹き替えて実績のある、歌唱力が抜群のマーニー・ニクソンを録音スタジオに呼んできて、映像を流しながらオードリーの口の動きに合わせて歌が吹き替えられた。レコーディングが大変だったと思う。一応、オードリーの歌も録音スタジオでレコーディングされ、フィルムにプリントされて試写されたが、お蔵入りになってしまった。
ワーナーから販売されているDVDでは、オードリーの生歌シーンが、特典として2曲収録されている。

1964年のアカデミー賞で「マイ・フェア・レディ」は、
Academy Award for Best Picture:最優秀作品賞・・・Jack L. Warner(ジャック L・ワーナー)、
Academy Award for Best Directing:最優秀監督賞・・・George Cukor(ジョージ・キューカー)、
Academy Award for Best Actor:最優秀主演男優賞・・・Rex Harrison(レックス・ハリソン)、
Academy Award for Best Cinematography:最優秀撮影賞・・・Harry Stradling(ハーリー・ストラドリング)
Academy Award for Sound:最優秀録音賞・・・George R. Groves(ジョージ・R・グローヴス)
Academy Award for Best Original Music Score:最優秀編曲賞・・・Andoré Previn(アンドレ・プレヴィン)
Academy Award for Best Art Direction:最優秀美術賞・・・Gene Allen, Cecill Beaton and George James Hopkins(ジーン・アレン、セシル・ビートン、ジョージ・ジェイムズ・ホプキンス)
Academy Award for Best Costume Design:最優秀衣裳賞・・・Cecill Beaton(セシル・ビートン)

上記8部門でオスカーを獲得したが、オードリー・ヘプバーンは、歌唱部分が別人の吹き替えが祟って、最優秀主演女優賞のノミネートが取り消された。1964年の最優秀主演女優賞のオスカーを獲得したのは、何とディズニーのミュージカル映画「メリーポピンズ」に出演した、ジュリー・アンドリュースだった。

アカデミー主演女優賞のノミネートが取り消され、無冠に終ったオードリーの怒りは激しく、授賞式で八つ当たり・・・。この映画はオードリー・ヘプバーンの存在なくしては、映画が成り立たない。せめて特別賞を差し上げるべきだったと思うが...。
結局、原作者のバーナード・ショウの皮肉通りになってしまった。

「人生には、二つの悲劇がある。一つは願いが叶わぬこと。もう一つは願いが叶うことだ」。
歌の上手いジュリー・アンドリュースは、ミュージカル映画でアカデミー最優秀主演女優賞を獲得したが、長年に亘る歌いすぎで、喉を酷使したため、声帯に腫瘍が出来、手術の結果、声が擦れて以前の美声は聴かれなくなったのである。

バーナード・ショウは、中国の故事を知っていたか否かは不明だが、「人生に二つの悲劇がある・・・」には、"人間万事塞翁が馬"という中国の故事に近い意味がある。人間=じんかん=世間、塞翁=さいおう=要塞に住む老人)を表し、その時の世間の状況によって、自分の禍福は予測できないもの。

主なキャスト

Eliza Doolittle(イライザ・ドゥーリトル:下町の花売り娘)・・・Audrey Hepburn(演技と台詞は、オードリー・ヘプバーン)
Eliza Doolittle(イライザの歌唱部分)・・・Marni Nixon(歌は、マーニー・ニクソン)
Professor Henry Higgins(ヘンリー・ヒギンズ:英語発声学の教授)・・・Rex Harrison(歌と演技:レックス・ハリソン)
Colonel Hugh Pickering(ヒユー・ピカリング大佐:言語学者)・・・Wilfrid Hyde-White(ウィルフリッド・ハイド=ホワイト)
Alfred P. Doolittle(アルフレッド・ドゥーリトル:イライザの父)・・・Stanley Holloway(歌と演技:スタンリー・ハロウェイ)
Mrs. Higgins(ヒギンズ夫人:ヘンリーの母)・・・Gladys Cooper(グラディス・クーパー)
Mrs. Pearce, Higgins' housekeeper(ピアス夫人:ヒギンズ教授邸の家政婦)・・・Mona Washboume(モナ・ウォシュボーン)
Freddy Eynsford--Hill(フレディ インスフォード=ヒル:イライザに恋する青年)・・・Jeremy Brett(ジェレミー・ブレット)
Freddy Eynsford--Hill(フレディの歌唱部分)・・・Bill Shirley(歌はビル・シャーリー)
Mrs. Eynsford--Hill(インスフォード=ヒル夫人)・・・Isobel Elsom(イソベル・エルソム)
Zoltan Karpathy(ゾルタン・カーパチ:芸能レポーターで、VIPの通訳)・・・Theodre Bikel(セオドア・バイケル)

主なスタッフ

製作:Jack L. Warner(ジャック・L・ワーナー)
監督:George Cukor(ジョージ・キューカー)
脚色:Alan Jay Lerner(アラン・ジェイ・ラーナー)
原作:George Bernard Shaw(ジョージ・バーナード・ショウ)
撮影監督:Harry Stradling(ハーリー・ストラドリング)
照明監督:Frank Frannagan(フランク・フラナガン)
音楽指揮:Andoré Previn(アンドレ・プレヴィン)
作曲:Frederick Loewe(フレデリック・ロウ:ブロードウェイ・ミュージカルに基づく)
歌詞:Alan Jay Lerner(アラン・ジェイ・ラーナー:ブロードウェイ・ミュージカルに基づく)
美術:Gene Allen, Cecill Beaton and George James Hopkins(ジーン・アレン、セシル・ビートン、ジョージ・J・ホプキンス)
衣裳:Cecill Beaton(セシル・ビートン)
ヘアー・スタイリスト:Jean Burt Reilly(ジーン・B・レイリー)
メイキャップ:Gordon Bau(ゴードン・バウ)
録音:George R. Groves(ジョージ・R・グローヴス)
編集:William H. Ziegler(ウィリアム・ジーグラー)
画面色調:Technicolor (テクニカラー方式)
上映プリント:Eastman Kodak Film(イーストマン・コダック フィルム)
画面アスペクト比・Super Panavision 70(スーパー・パナビジョン70:65mm幅のネガフィルムで撮って、6トラックサウンド付きの70mmポジフィルムにプリントして上映。
70mm映写機を設備したロードショウ館での上映が1:2.20、35mmフィルムにプリントしたシネスコ版は、1:2.35
配給:Warner Bros. Pictures(ワーナー・ブラザース・ピクチャーズ)
DVD製作:Warner Home Video(ワーナー・ホーム・ビデオ)

ストーリー

個人的には、ミュージカル映画の中では、映像的に「マイ・フェア・レディ」、音楽的に「サウンド・オブ・ミュージック」と「南太平洋」が、とくに好きで何回も観ている。「サウンド・オブ・ミュージック(元ネタは、西ドイツ映画の菩提樹)」と「南太平洋」は、楽しいミュージカル映画なのに、ドラマの背景には第二次世界大戦の様子が描かれている。

前者は、オーストリア海軍のトラップ大佐が、ナチスドイツへ反抗して召集に応じず、トラップ大佐は家族で合唱団を作って音楽祭を利用し、家族全員がスイスへ亡命・・・。
後者は、日米が南太平洋のソロモン諸島のガダルカナル島で繰り広げた海戦が背景になっているが、米海軍に配属されたネリー・フォーブッシュという従軍看護婦と、ソロモン諸島に住むフランス人入植者のエミール・ド・ベックという農園主との恋を書いたジェームズ・ミッチェナーの小説(Tales of the South Pacific)をミュージカル映画にしたもので、実際の映画のロケはタヒチのモーレア島(バリハイ島)やハワイのカウアイ島(エミールの邸宅)で行われた。
日本の戦闘機(零戦)が5機ほど登場するが、ハリウッドは、日米関係を配慮して日米の戦闘シーンは2シーンしかない。二つの映画は、リチャード・ロジャースが作曲し、オスカー・ハマースタイン2世が作詞した、素晴らしいミュージカル映画だ。

1966年からコマーシャル・フォトの仕事をしていた、当時22才の僕は、1964年製作の「マイ・フェア・レディ」の衣裳デザインを担当した、セシル・ビートンの仕事にカルチャー・ショックを受けた。
この映画のクレジットには、衣裳デザイン担当にジヴァンシーの名前はないが、映画の台詞の中に、イライザの衣装代を負担するピカリング大佐が「今度は、フランス人のデザイナーが作った舞踏会用のドレスを着るので、仕上がりが心配だ」というシーンがある。

その台詞の後に、イライザ(オードリー・ヘプバーン)は、ティアラ、ネックレス、純白のパーティドレスという王女のような出立ちで、ヒギンズ邸の階段を降りてくる。
おそらく、ユベール・ド・ジヴァンシーが、オードリーの為に提供したのだろう。
そして、ヒギンズ教授が「レンタル料が、一晩に200ポンドだ」と発言する。
下品な喋り方をしていた花売り娘のイライザが、ミス・イライザ・ドゥーリトルという貴婦人(レディ)になった瞬間のシーンが、とても素晴らしかった。
人権問題や人種差別、言葉の差別に過敏な人は、この映画を好きになれないと思う。何でも平等を声高に語る人は、古典文学や芸術作品を理解できないだろう。

2013年の現在でも階級社会が存在する英国。
そのロンドンの下町で働く花売り娘のイライザが着る、エプロン付きの粗末な衣裳から、大使館で上流社交界の貴婦人たちが集うパーティで着る、ピカリング大佐の親戚として、イライザ・ドーリトル嬢がお召しになる豪華な衣裳まで、プロデュースするのは、容易ではない。 自分がデザインした様々な服を、バレリーナーであり、ファッションモデルであり、超一流の映画女優であるオードリー・ヘプバーンに着て貰い、映画で公開して貰う・・・そらっ、衣裳デザイナーなら誰だって気合いが入る。ハリウッドの映画資本が大金を投じた超一流の仕事を見て知るのも、洋画を観る楽しみの一つでもある。

さて、この映画の時代背景は、20世紀初め(1900年代初め)のロンドンで、馬車と馬車に似た自動車が行き交(か)っている様子が描かれているコヴェント・ガーデン(Covent Garden)という地域には、1974年までは、花や野菜・果物を卸売りする青果市場があって賑わったそうである。とくに、ロイヤル・オペラハウスが建っている場所として有名だ。

第一幕(夜のロイヤル・オペラハウス前の広場:花売り娘のイライザが花を売りに...)

この映画のプロローグは、オペラ観劇帰りの上流階級の着飾った観客たちに、ロンドン下町の労働者階級の花売り娘たちが花を売りにくるシーンからドラマが始まる。 ロンドンは雨の日が多いらしい。

オペラの公演が夜に終って、劇場から外に出る観客に、スミレの花を売る書き入れ時の21才の花売り娘のイライザ(オードリー・ヘプバーン)は、小雨が降る中で、タクシーを探す裕福な家庭の息子フレディ(ジェレミー・ブレット)と、体がぶつかって、イライザはバスケットに入れた花を二束、道路に落としてしまう。

イライザ:「どこ見て歩いてんのよ、このボンクラ!」と、フレディを罵る。
フレディ:「ごめんよ」。
イライザ:「ちぇっ、スミレが泥んこよ。4ペンスがフイだ」。
インスフォード=ヒル夫人(フレディの母)「フレディ、タクシーは未だ拾えないの?」
イライザ:「ちょいと、あんたの倅(せがれ)だね。この始末つけとくれ。売り物を台無しにして逃げやがった」。
インスフォード=ヒル夫人「知りませんよ。そんなこと」。
イライザ:「こっちゃ、花束二つを泥んこにしゃがって、商売あがったりだ」。

それを見ていたのは、言語学者のピカリング大佐だった。

イライザ:「大将(キャプテン)、花買っとくれや」。
ピカリング:「あいにく、小銭が無いんだ」。
イライザ;「銀貨なら持っているだろ、釣り銭あるよ」。
ピカリング:「半ペニーが三枚あった」。

イライザは、ピカリング大佐から半ペニーを三枚を貰ったが、花を渡さない。
それを見ていた市場の地回り(自警団の仲間)が、

市場の地回り:「イライザ、金を貰ったら、花をちゃんと渡せ。お前の後ろで妙な野郎が、お前の言葉を書き取っているぞ」。
イライザ:「何よ。旦那に花買っとくれと言っただけじゃないか。あたいは堅気の娘だ。変な誤解しないどくれ」。と喚(わめ)く。
青果商A:「何の騒ぎだ?」
青果商B:「あの子、何か、しでかしたな」。
イライザ:「あたいはここで、まともに商売やってんだ。しょっぴかれるようなことはしてないよ」。

そこに、身形(みなり)の良いヒギンズ教授が現れる。

ヒギンズ教授:「落ち着きなさい。誰がしょっ引くと言った?」
イライザ:「あたいは、花売りだよ」。
ヒギンズ教授:「私が警官に見えるかね?」
青果商C:「靴が上等だ。サツなら、こんな靴を履いてねぇ」。
イライザ:「じゃ、何で、あたいの言ったことを書き取るの。見せとくれ」。
ヒギンズ教授:「ほら!」。教授はノートを開いて見せる。
イライザ:「これ、何の暗号?あたいには分からん」。
ヒギンズ教授:「こうだ。"大将、花買っとくれや"」。
イライザ:「大将と言うのが、悪いのかい?悪気はないんだ。しょっぴかれるのは嫌だよ」。
ピカリング大佐:「君は、心配ない。どなたか存じぬが、この子は何も悪いことをしとらん。ご無用に願いたい」。

ヒギンズ教授:「この子は、ロンドンのリスン・グローブの出身だな。なぜ此処に?」
イライザ:「リスン・グローブじゃいけないのかい。豚も嫌がる汚ねえとこへ戻れって言うのかい?嫌だよ。ウチに帰れば、(父から)銀貨4枚も取られて、豚小屋住まい」。
ヒギンズ教授:「もう、いい。喚(わめ)くな」。
ピカリング大佐:「君、大丈夫だよ。どこに住もうと自由だ」。
青果商C:「じゃ、旦那、俺の出身地当ててみな」。
ヒギンズ教授:「ホクストンだ」。
青果商C:「こりゃ、たまげた。お見通しだ。じゃ、この旦那は?」。
ヒギンズ教授:「チェルトナム生まれ、ハロー校、ケンブリッジ卒、インドにも住む」。
ピカリング大佐:「図星だ」。
青果商C:「あんたは、お節介焼きの人相見だな?そーだろ?」
ピカリング大佐:「貴殿は、寄席(コメディ)にでも、出ておいでか?」
イライザ:「あたいの商売の邪魔をして、いい気なもんだ。いらぬ節介を焼かないでおくれ」。
ヒギンズ教授:「実は、音声学を研究しています。私の仕事であり、趣味でもある」。
ピカリング大佐:「音声学で生計を?」
ヒギンズ教授:「今のイギリスには、英国人として正しく英語を話せる力を授かりながら、シェークスピアの国の言葉を汚しておる輩が多い。(下町のコックニー訛は、)一語一語がドブ臭い。英語(国語)に対する反逆罪。吊るし首が相応しい。音痴の合唱より耐え難い地方訛り。まさに鶏小屋のニワトリ・・・これが人間の言葉か?」と、捲し立てる。
イライザ:「何よ、偉そうに!」
ヒギンズ教授:「お前は、鳩みたいにグルグル言うな。黙ってろ」。
イライザ;「アーゥー。嫌な奴」。

ヒギンズ教授は、ここで歌う。「なぜ、イギリス人は学ぼうとしない。正しい英語の文法と発音を・・・。この花売り娘も、この言葉では一生溝板(どぶいた)暮らし。
だが、私が仕込めば、半年で社交界に出られるレディになる。伯爵家のメイドや一流店の店員にもなれる」。

イライザ:「何だって?」
ヒギンズ教授:「今のお前は、腐ったキャベツだ。ロイヤル・オペラハウスには不釣り合い。汚い言葉は英語への侮辱だ。だがこんなドブネズミのような女でも王女に仕立てられる」。

ピカリング大佐:「君の努力次第で、できるかも知れないんだよ。私もインドの方言研究者だ」。
ヒギンズ教授:「口語(こうご)サンスクリットの著者をご存知か?」
ピカリング大佐:「私が著者のピカリングだ」。
ヒギンズ教授:「ヒギンズ式ABCを書いたヒギンズだ。お宿は?」。
ピカリング大佐:「カールトンだ」。
ヒギンズ教授:「私の家はウィンポール街だ。明日おいでよ。夕食で語り合おう」。
イライザ:「ヒギンズ先生とやら、あたいは今夜の宿賃が無い。花買っとくれ」。
ヒギンズ教授:「お前のポケットには、銀貨の釣りがある筈だ」。
イライザ:「何て奴だ。ど頭(たま)に釘をぶち込んでやりてぇ。カゴの花、全部で6ペンスだ。持っていけー」。

ヒギンズ教授は、イライザの蹴飛ばしたフラワー・バスケットに銀貨を10枚ほど入れてやる。
それを見たイライザは、蹴飛ばしたバスケットを慌てて拾いにいく。 俄に金持ちになったイライザは、仲間から羨ましがられる。

市場の男達:「見ろ、仲間の一人が金持ちになったぞ。敬礼して、お相伴(しょうばん)にあずかろうぜ」。 ここで、イライザの歌が入る

第二幕(早朝のコヴェント・ガーデンの花市場:イライザが花の仕入れにやってくる)

イライザの父、アルフレッド・ドゥーリトル(スタンリー・ハロウェイ)の職業は清掃員だが、ポケットにお金(銀貨)があると、仕事を”臨時休業”して、ビールを飲みにパブに一直線。大酒飲みで働かない。
というのは、イライザが稼いだお金(銀貨)を当てにして、小遣を強請(ねだ)って酒代にし、遊び呆けている。
イライザが早朝から花市場で働いているのを、金欠になった父のアルフレッドは知っていて、娘を捜し、イライザから銀貨1枚をせしめる。

アルフレッドは高らかに歌う
「 ・・・父親は子を養うためにあくせく働くが、運が良けりゃ、成長した孝行娘が親を養ってくれる...」。アルフレッドは、全く困った父親なのだ。

第三幕(ヒギンズ教授邸:イライザが上品な英語の発声法を学びにやってくる)

後日、イライザは粧(めか)し込んで、ウィンポール街27番地にあるヒギンズ邸にやってくる。
粧し込んでと言っても、仕事着よりも少しマシな服に着替え、手と顔を石鹸で洗ったスッピンだ。
ヒギンズ教授邸のハウスキーパー(家政婦)のピアス夫人(モナ・ウォシュボーン)が応対に出た。

ピアス夫人:「家政婦のピアスです。ご用件は?」
イライザ:「おはよー、先生を出しとくれ」。
ピアス夫人:「どんな、ご用件?」
イライザ:「ここの先生と、ちと、プライベートなビジネスの話があんのさ・・・」。
ピアス夫人:「少々お待ちを」。
ピアス夫人:「先生、ヤング・ウーマンが見えました」。
ヒギンズ教授:「若い女性?」
ピアス夫人は、しかめ面をして:「大層、品のない娘です。追っ払おうと思いましたが、先生の研究材料になるのでは?」。
ヒギンズ教授:「妙な話し方か?」
ピアス夫人:「喋り方がとても下品で、話になりません」。
ヒギンズ教授:「それは結構、ここへ通しなさい」。

ヒギンズ教授邸の立派な書斎に、ピアス夫人はイライザを連れて入ってくる。

イライザ:「おはよー先生、ちと、ビジネスの相談があるんだ」。
ヒギンズ教授:「何だ、昨夜(ゆうべ)の花売り娘か。リスン・グローブ訛りは全部記録した。もう、用は無い。帰り給え」。
イライザ:「威張るな!こっちに用ありだ。タクシーで来たのに・・・」。
ピアス夫人:「あなた、何で来ようともウチの先生は気にしませんよ」。
イライザ:「有難いって思わなきゃ。先生はヒマで、仕事探しているんだろ?今日は、その話で来たんだ。金が不満ならよそに行く」。
ヒギンズ教授:「何の金だ?」
イライザ:「授業料よ。分かっただろ。レディになるレッスンを受けようというの」。

ヒギンズ教授に会いに来たピカリング大佐は、イライザに:「どうしてだね?」
イライザ:「あたいは、道端での花売りをやめて、一流の花屋の売り子になりたいんだ。それには、上品な話し方を習わなきゃ。タダで習うとは言わないのに、テメェらは端(はな)からあたいをバカにしやがって。ちゃんと、相場通り払ってやるよ」。
ヒギンズ教授:「ホーッ、いくら、払ってくれるんだ」。
イライザ:「ほら、きた。昨夜(ゆうべ)は、先生酔っ払ってたね。あたいが6ペンスで良いと言ったのに、カゴに入れ過ぎた銀貨を取り返したいだろ」。
ヒギンズ教授:「そこに、座れ」。
イライザ:「何だい、偉そうに。こっちは客だよ」。

ピカリング大佐:「君の名前は?」
イライザ;「イライザ・ドゥーリトルよ」。
ヒギンズ教授:「それで、レッスン料にいくら出すつもりだ?」
イライザ:「フランス人にフランス語を習うのは、1時間で18ペンス。自国の言葉を習うのに、そうは出せないね。1時間で1シリングだ」。
ヒギンズ教授:「1シリングと言ったら、この娘からしたら大金だ。億万長者の60ポンドに匹敵する。そんなに貰うのは初めてだ」。
イライザ:「60ポンド!そんな金ないよ。誰がそんなに出すと言った?」と、喚き出す。そして涙を服の袖で拭く。
ピアス夫人:「泣かないの。先生は、あなたのお金は取らないわ」。

ヒギンズ教授は、ポケットから絹のハンカチを取り出して、
「涙を拭け。顔を拭くハンカチという布だ。レディになりたけりゃ、服の袖とハンカチを混同するな」。
ピアス夫人:「この子に教えても無駄ですよ」といって、イライザに渡したハンカチを取り上げる。
イライザ;「あんた、何さ。先生があたいにくれたんだよ。もう、あたいのモンだよ」。
ピカリング大佐:「おもしろい。この子を社交界に出してみせるだと。それができれば、君は世界一の教師だ。上手く行くかどうか、賭けようじゃないか。私は失敗の方に賭ける。月謝も私が出す」。

イライザ:「大将って、いい人だね」。
ヒギンズ教授:「ははは・・・やり甲斐があるな。これだけ下品で汚い女だ。まず、二階へ上げて身形(みなり)を清潔にしょう」。
イライザ;「あたいが汚いって?ここへ来るときは、顔も手もちゃんと洗ってきたよ」。
ヒギンズ教授:「よし、このドブネズミからレディを作ろう。今から始める。ピアス夫人、台所に火があるな。この女が着ている汚い服は焼き捨てて、新調にする。目標は侯爵夫人だ」。

ピアス夫人:「先生、この子は道端に落ちている、変わった石ころを拾うのとはワケが違います。第一に知らない娘さんですよ。親もいるし、結婚しているかも・・・」。
イライザ:「よせやい。結婚しているかもって?・・・相手がいねぇ」。
ヒギンズ教授:「ほら見ろ、本人が否定しておる・・・でもな、イライザよく聞け。今に見ろ、ウィンポール通りには、やがて男の屍(しかばね)で埋め尽くされる。何も知らんバカな男どもは、お前に恋い焦がれて、恋やつれで死んでいくのだ」。
イライザ:「この先生、頭が大分いかれているよ。いかれた教師はゴメンだ。あたいは帰る」。
ピアス夫人:「やっぱり、あなたは親元へお帰り」。
イライザ:「親なんかいねぇ」。
ヒギンズ教授:「見ろ、騒ぐ事はない。私以外には用無しの娘だ」。
ピアス夫人:「ここに置くなら、条件の取り決めが必要です。この子には、お給金を払うんですか?」
ヒギンズ教授:「衣食を与えれば充分だろ。この娘に金をやれば、飲んじまう」。
イライザ:「デタラメ言うな。酒なんか飲んだことないよ」。
ピカリング大佐:「ヒギンズ、この子にも女性としての感情がある。君の実験にイライザが協力する以上は、この子に納得のいく説明をすべきだ」。

ヒギンズ教授:「ピカリング、わかったよ。・・・イライザ、君は今から半年ここに住み、美しい英語の話し方を一生懸命勉強する。言いつけを守れば、寝室に寝かせ、食事も充分に摂らせ、おやつに最高級のチョコレートを食べさせ、小遣いも与える。
だが、勉強に怠けたり、私の教育指導に逆らえば、台所でゴキブリと寝かせ、ピアス夫人に箒で叩いて貰う。
半年経ったら、バッキンガム宮殿の社交界パーティに行く。飾りの付いた四輪馬車に乗り、一流デザイナーによるオートクチュールのドレスに着飾ってだ。
もし、そこで偽レディだと判れば、お前はロンドン塔に送られ、首をちょん切られる。他の大それた娘達への見せしめのためだ。
ばれなかったら、褒美として一流花屋への就職の世話と就職支度金を出してやる。こんな良い条件を蹴るのは、感謝の心を知らない意地悪女だ」。

イライザがどうしょうかと迷っていると、
ピアス夫人:「イライザ、さぁ、二階のお風呂場へ」。
イライザ:「風呂なんて入ったことねぇ(※ロンドンやパリの古いアパートは、浴槽のないシャワー室で体を洗う)」。
イライザは、シャワーばかりで、バスタブを見たことがないので、「これは、服を洗濯するとこかい。あたいをここにぶちこむって、嫌だよ」と喚く。

こうして、イライザのコックニー訛りをクイーンズ・イングリッシュに直す発声練習の特訓が始まった。先ず、A,B,C,の正確な発音練習から。

第四幕(ヒギンズ教授邸:イライザが引っ越したので、父が娘を育てた養育費を貰うためにやってくる)

イライザがリスン グローブの粗末なアパートから引っ越したという噂は、父のアルフレッドの耳に入った。
引越業者の話によると、着る物は不要だということで、娘が引越したウィンポール通り27番地のヒギンズ教授の邸に行く。理由は、今まで娘を育てた養育費を貰う為である。

ヒギンズ家の執事:「ドゥーリトル清掃員が、先生にお目に掛かりたいと言っていますが、どうします?」
ピカリング大佐:「予想通り、お出(い)でなすった」。
ヒギンズ教授:「どうせ、いちゃもん付けにきたゴロツキだろ」。
ピカリング大佐:「ゴロツキとは限らん」。
ヒギンズ教授:「どっちにしても、面倒な事になりそうだな。でも、こっちは文句を言われる筋合はない。構わん、通しなさい」。

アルフレッド(イライザの父):「どうも、旦那。ちと、大事な話があってよ・・・」。
ヒギンズ教授:「ハウンズロー育ちだな。母親は、ウェールズ人...それで、何の用かね?」
アルフレッド:「ここに居る、わしの娘を返して貰おう」。
ヒギンズ教授:「いいとも、娘の身を案じる気持ちがあるとは感心。すぐに連れて行き給え。私はイライザの親代わりをするつもりはない」。
アルフレッド:「ちと待った。こんな身形の父親だからといって、貧乏人をなめて貰っちゃ困る。あの子は、もう、旦那のもんだ」。
ヒギンズ教授:「じゃー、強請(ゆすり)に来たのか?恥知らずめ。計画的だな」。
アルフレッド:「ワシが、金をよこせって、言ったか?こっちの旦那はどう思う?」
ピカリング大佐:「では、なぜ、此処へ来た?」
アルフレッド:「お二人さんよ、そうツンツンと、とんがりなさんな。話しを穏やかに。これじゃ、口も挟めねぇ。俺も話したい、言いたい、言わせて貰いたい」。

アルフレッドは、ワザとヒギンズ教授に顔を近づけ、真っ昼間から酒臭い口臭をワザと吐く。ひどい口臭に、ヒギンズは顔を引く。

ヒギンズ教授:「この男には修辞学の天分がある。話したい、言いたい、言わせて貰いたい・・・ウェールズのリズムだ。なぜ、娘がここにいるのが分かったんだ?」
アルフレッド:「娘から、引越の荷物を送れって伝言だ。荷物は、鳥カゴと羽根飾りの付いた中国製の扇子だけ。服は上から下まで一枚もいらねぇっとよ。こんなん聞いたら、父親としたらどう考えたらいい?娘は、玉の輿を見つけたって思うだろ」。
ヒギンズ教授:「それでか。娘の一大事と駆け付けたんだな?」
アルフレッド:「その通りよ。俺が言いたいのは、親の権利よ。ここまで育てるには、養育費が掛かっとる。それをタダでくれとは虫がよすぎるだろ。ここは、ざっくばらんでいこうぜ。5ポンドでどうだ?・・・それで、ワシはスッと手を引く」。

ピカリング大佐:「君は誤解しとる。教授に下心はない」。
アルフレッド:「そりゃそうだ。下心が目的なら、あの子の器量なら50ポンドってところだ」。
ヒギンズ教授:「じゃ、50ポンドで娘を売る気か?」
ピカリング大佐:「聞くに堪えん。道徳も恥もない」。
アルフレッド:「旦那さん方よ、貧乏人に道徳なんて贅沢だ。別に悪気はない。ただ、娘の幸運に肖(あやか)りたいのさ。ワシは、貧乏が好きでやってんじゃねぇ。貧乏人は、中産階級の道徳とやらに、いつも衝突しとる」。

結局、アルフレッドは、教授から5ポンド貰って、帰っていく。帰り際にイライザにばったり。
イライザ:「とうちゃん、ここへ何しに来たの?」
アルフレッド;「誰かと思ったよ。お前、垢を落とすと、ちと、べっぴんになったな。でも、もう、ここの住人だ。旦那に気に入られるように、しっかりやれ。旦那、こいつが言うことを聞かない時は、引っ叩いて下さい」。

三ヶ月経って、イライザが「スペインの雨は主に平野に降る」を毎日50回復唱する訓練で「Hの発音」が、正確に出来るようになり、ヒギンズ教授とピカリング大佐、イライザは大喜び。
バッキンガム宮殿の舞踏会パーティーに参加する予行演習として、イライザをアスコット競馬場に行くチャンスを与えることにした。

第五幕(アスコット競馬場:イライザが上流社交界にデビューする前の予行演習)
ここからヒギンズ教授の台詞を「ヘンリー」に、ヒギンズ教授の母を「ヒギンズ夫人」に、ピカリング大佐の台詞を「大佐」に変更

ヘンリー・ヒギンズ教授の母は貴族出身なので、ロンドン郊外にあるアスコット競馬場のVIPルーム(貴賓室)にボックス(指定席)が設けられていて、息子のヘンリーも入れる。ヘンリーは母(ヒギンズ夫人)に、そこへ行くことを内緒にしていた。

ヘンリー;「母さん、綺麗だよ。お元気?」

ヒギンズ夫人:「まぁ、ヘンリーなの。ここへは来ないって約束よ。困るわ。
お前は、口が悪くて私に恥をかかせる...。
先ず、服装よ。第一に、ボックス席の入場は、男はライトグレーの礼服着用なのに、そんなカジュアル(正しい発音はキャジュアル)な服で来て、本当にマナー知らずで困った子ね」。

ヘンリー:「母さん、今日は、ぼくの実験を手伝って下さい。言語調査中に街で変わった個性の娘を拾いましてね。色恋とは別、花売り娘です。ここで、舞踏会へ行けるための予行演習をします」。

ヒギンズ夫人:「街で拾った花売り娘をバッキンガム宮殿の舞踏会に連れて行くつもり?」。

ヘンリー:「言葉が下品な女でも、僕の音声学を学べば、上品な英語を話す貴婦人(レディ)になれるって、ピカリング大佐と実験しているんです。
ここに連れて来るまで、レディとしての作法や話し方は厳しく仕込んでいます。
話題は二つに限定し、天候か健康の話しをする、万が一、おかしくなったら、母さんが話しに加わって助けて貰えれば大丈夫」。

ヒギンズ夫人;「レース中に、天候と健康の話題だけをするの?...うまくいくかしら」。
ヘンリー:「着飾ったレディが、黙ったまま座っているのは変でしょ」。ヒギンズ夫人は、息子の頼みに渋々了承した。

イライザは、良家のレディに相応しいファッションを身にまとい、ピカリング大佐にエスコートされて静静とやってきた。
イライザは、ヒギンズ夫人に一礼した。

ヒギンズ夫人:「良いときに来られたわね。お紅茶をどうぞ」。
イライザ:「恐縮です。イライザ・ドゥーリトルです。本日は、お招き恐れ入ります」。

隣の席のフレディーは、若い女の声がしたので振り向き、三ヶ月前、オペラハウスの玄関で、イライザから「ボンクラ」と罵られた花売り娘だとは気付かず、美しく変身したイライザに一目惚れ。

フレディ:「こんにちは、ぼくはフレディー・インスフォード=ヒルです。初めまして」。
イライザ:「こちらこそ。イライザ・ドゥーリトルです」。
フレディー:「せっかく来られたのに、第1レースを見逃して惜しかったですね」。

イライザが話す話題は二つのみ。早速、ヒギンズ夫人が気を利かせて助け船を出す。
ヒギンズ夫人:「今日のレースはお天気持つかしら。雨が降らなければいいのに」。
イライザ:「...スペインの雨は、主に平野に降ります。でも、ハートフォードにはハリケーンは吹きません」。

イライザは、ヘンリーから習った英語発声練習のテキストを丸暗記。
フレディー:「これは、傑作だ」。
それを傍で聞いたヘンリーと大佐は、ずっこけて大慌て・・・。

ヒギンズ夫人が再び助け船:「急に肌寒くなってきたわ」。
フレディの母:「この時期は流感が流行るので、困りますわね」。
イライザ:「私の伯母は、流感で死んだという話しです。でも、きっと、連中がやっちまったんです」。

フレディの母:「やっちまった・・・どういう意味なの?」。
ヘンリー:「新しい英語の言い回しで、殺すと言う意味です」。
イライザ:「そうですとも。流感などで伯母が死ぬワケがない。ジフテリアでも死ななかったのに。あのときは伯母の顔が真っ白。皆、死んだと思ったら、父が柄杓(ひしゃく)でジンを口にすると、伯母は急に目を開いて柄杓を噛んだんです。そんな人が風邪なんかで死にますか?それに、私が貰うはずの伯母が買った新品の麦わら帽子を誰かがくすねて、その帽子をくすねた連中が、伯母をやっちまったんです」。
周りの人達:「・・・」。

イライザ:「あらっ、何か、わたくし変なこと言いまして?」
ヒギンズ夫人:「そんなことはないわ」。
ヘンリー:「次のレースが始まる。馬券を買いに行こう」。
フレディー:「ミス・ドゥーリトル、僕は単勝で7番のドーヴァーに賭けてみました。1枚、お近づきのご挨拶にプレゼントしましょう。ドーヴァーが3着までに入れば、オッズによって配当金が受けられます」。
イライザ:「ご親切なのね。ありがとう」。

イライザは、フレディーから単勝馬券をプレゼントして貰ったことで、レディの修行中だというのをすっかり忘れて、レースにのめり込んだ。ドーヴァーが出走した時に、応援に熱が入り、
「負けるな、ドーヴァー、頑張れ!いけいけ、ドーヴァー、ケツ引っ叩け!」と、声を張って叫んだことで、隣にいた貴婦人が失神し、急拵えレディのメッキが剥げてしまった。

ヒギンズ夫人は、ヘンリーに、
「生きた人間をおもちゃにするのは、お止めなさい。イライザが可哀想だわ」と言って、アスコットから早々と帰宅した。
しかし、ここでめげないのがヒギンズ教授の真骨頂だ。

第六幕(ヒギンズ教授邸:深夜に及ぶヒギンズ教授の猛烈なシゴキ...イライザは特訓に付いていく)

イライザを公爵夫人に仕立てる特訓を夜中の3時まで連日強行し、それが深夜に及んで使用人達から苦情が出る。
この特訓で、イライザは、自分をレディーにするために一生懸命に教える教授の情熱ぶりに心がうたれて、ヘンリーに恋をするが、独身主義者のヘンリーは、私は、どんな女性でも平等に扱うといって、イライザの女心を突き放す。

そして、イライザがヒギンズ教授邸に住み込んで半年が経った。
ロンドンのトランシバル大使館(映画上の国の大使館)で、トランシバル王室主催の舞踏会が開催されることになり、ヒギンズ夫人やヘンリーにも招待状が届いた。 もちろん、ヘンリーは、ピカリング大佐と一緒に出席の返事を出す。

しかし、アスコットでのイライザの「ケツ引っ叩け」発言に失望し、弱気になったピカリング大佐は舞踏会出席というプレッシャーに押し潰され、イライザを公爵夫人にするという賭けから降りると言い出す。

大佐:「ヒギンズ、君の実験は、ここでゲーム・オーバー(終了)だ。今夜、大使館であの子が立ち往生しても、私は知らんからな。アスコットの二の舞は御免だ」。
ヘンリー:「ピカリング、心配ないよ。舞踏会には、"ケツ引っ叩け"という馬がいない。大丈夫だって!」
大佐:「今夜しくじったら、私はどうすればいい?ワインを飲まないで平気でおられる、クールな君の態度に腹が立つ」。
ヘンリー:「ならば、軍隊に逃げ戻れば?」
大佐:「冗談はよせ。ここ6週間の君のシゴキは、常軌を逸しておる。ここらで見極めをつけろ。イライザが今夜着るドレスを見たが、フランス人のデザイナーが作ったあれが、イライザに似合うと思うか?やはり、舞踏会のドレスはイギリス人のデザイナーにすれば良かった」。

ヘンリー:「最低の人間を拾い、話し方や礼儀作法を教え、私は別の人間を作った。これは、イギリスに於ける階級と階級、心と心の溝を埋める貴い仕事なんだ。それをやろうとしている彼女は大事な存在だ」。

ピカリング大佐の杞憂(きゆう:取り越し苦労)は、イライザ自身が晴らした。
ヒギンズ教授邸の二階から、公爵家出身のレディという触れ込みで、ヘヤー・メイクばっちり、フランス人デザイナー(ユベール・ド・ジヴァンシー?)」がデザインした、イライザ・ドゥーリトル嬢が降りてくる。
その気品のある美しさに、大佐は目を見張り、ヘンリーは、初めてイライザを褒めた。
「悪くない。なかなか結構」。

第七幕(在英トランシバル大使館:イライザの華麗な舞踏会デビュー)

アスコットでは奇を衒ったファッションだったが、今度はティアラやネックレス、宝飾を鏤めたゴージャスな白のドレスである。
「マイ・フェア・レディ」の舞踏会シーンで着飾ったイライザ・ドゥーリトル嬢を演じたオードリー・ヘプバーンの身のこなしと衣裳は、ローマの休日でアン王女を演じたときよりも、遥かにエレガントだった。(※ワーナーは、パラマウントに負けたくなかったのだろう)

しかし、大使館の舞踏会には、偽者を暴くカーパチというハンガリー人の言語学者の芸能リポーターの男も招待されていた。

カーパチ:「やぁ、師匠(マエストロ)、お懐かしいですね。お目に掛かれて嬉しいです」。
ヘンリーはワザと:「どなたかね?」
カパーチ:「あなたの最高の弟子ですよ。神童・カーパチです。私が師匠の名を全欧州に広めました」。
ヘンリー:「ここは、大使館のパーティだ。そのモジャモジャ頭は?」
カパーチ:「私は師匠ほどの風采はないし、普通のヘヤースタイルでは目立ちませんからね」。
ヘンリー:「胸の勲章(古いコイン)は?」
カーパチ:「この古コインは語学力への勲章です。私は32カ国語に通じ、今夜はトランシバル女王の通訳をやっています。王侯と知己があり、偽者は直ぐに判ります」。

そこへ、一人の紳士がカーパチに一礼する。
ヘンリー:「あの方は?」
カーパチ:「ギリシャ大使です。実は、食わせ者です。英語を判らんフリしていますが、実はヨークシャーの時計屋の倅です。うっかり英語をしゃべるとお里が知れるので、口止め料をガッポリ頂いています」と、口が軽い。

舞踏会開始の挨拶として、トランシバル女王の謁見がおこなわれ、招待客は大ホールに整列する。
イライザ(オードリー)は身長が170cmと高く、ヒールを履くと177センチぐらいの脚長になる。歩き方やドレスの着こなしもいい。

貴婦人 A がヒギンズ教授に訊く:「お連れの方はどなたですの?夢見るような瞳ね。まるで、花園に住む妖精のようだわ」。
ヘンリー:「その通り、花園(はなぞの)育ちです」。

しばらくして、熟年になったトランシバル女王が近づいてくる。
女王は、イライザの前で立ち止まり、
「チャーミング・チャーミング !(何て、愛らしい)」と、べた褒め。
会場の女性達の視線はイライザに集中した。

イライザ:「お招き恐れ入ります。ミス・ドゥーリトルです」。
ヘンリーは、ニヤリとする。 二階のホールでは舞踏会が行われ、女王の王子が選んだダンスのお相手は、イライザ・ドゥーリトル嬢だった。 イライザは華麗なステップで優雅に踊り、ますます注目の的。

貴婦人 A が、カーパチに、今日の舞踏会で注目されているイライザの素性を探らせる。
「あのお嬢さんは、どういう方なのかをお調べして」。
宴もたけなわになり、ヘンリーはイライザとダンスをして、カーパチに対して無駄口を利かないように助言する。

カーパチは、ヒギンズ教授にダンスのパートナーを譲ってもらって、イライザと一緒に踊りながら、イライザに話し掛けて、彼女の出自を推理した。そして踊ったあとで、イライザの身辺調査を頼んだご婦人に報告した。
「こんな綺麗な英語を話す人は、イギリスにはいない。きっと、ハンガリアの王家の血筋を引く王女さんだ」という噂を列席者に広める。

回り回って、イライザがハンガリアの王家の血筋を引く王女さんだと聞いて、ヘンリーは大笑い。イライザの社交界デビューは大成功だった。
ヘンリー、大佐、イライザは、ヒギンズ邸に帰ってきた。 イライザの舞踏会デビューが成功して、ヒギンズ家のハウスキーパー、執事、コック、メイドも一緒になって大喜び。

第八幕(イライザの社交界デビューは大成功・・・イライザは、レディー扱いしない教授に不満)

しかし、家人の中で浮かぬ顔をしていたのは、成功の立て役者・ヒロインのイライザであった。教授と大佐のゲームが終われば、自分は御祓箱になって、ここを追い出されるだろうと不安だったのだ。

ヒギンズ教授は、普通の男・ヘンリーに戻った。
ヘンリー:「やれやれ、やっと(実験が)終った。これで明日の心配もせず、安心して寝られる。イライザ、ピアス夫人に伝言してくれ。明日の朝食のドリンクはコーヒーにしてくれ」。
イライザ:「あなたは、賭けに勝って、ご満悦ね。勝たせた私はそっちのけ」。
ヘンリー:「君が私を勝たせた?生意気な!」
イライザ:「あなたは、身勝手な男よ。もぅ、むかつく・・・殺してやりたい」と、ヘンリーの首を締めようとする。
ヘンリーは、イライザの腕を振り払う。

イライザ:「なぜ、私を拾ったのよ?用が済んだらドブにポイなの?」
ヘンリー:「何を、そう興奮しとる。なぜ、私に突っ掛かる?落ち着きなさい」。
イライザ:「これから、わたしはどうなるの?」
ヘンリー:「そんなこと、分かるもんか」。
イライザ:「あらっ、そうなの。私がどうなろうと平気なのね(※交際中の女性がよく言う定番の台詞だ)。私なんて、テメエのスリッパほどの値打ちしかないんだわ。いっそ、死んじまいたい」。

ヘンリー:「イライザ、悩むことはない。君の身の振り方はどうでもなる。ここを出て結婚してもいい。私や大佐のような独身主義者は例外だ。大抵の男は結婚する。気の毒に。君は器量も悪くない。母に頼めば、良い相手が見つかるよ」。

イライザ:「私も、堕ちたものね。花は売っても体は売らなかった。レディになったら、体しか売れない」。
ヘンリー:「なんて、バカなことを言うんだ。人間関係を売るとか買うとか・・・下劣だぞ」。
ヘンリーは怒って、二階へ消えた。

第九幕(ヒギンズ教授邸から家出する傷心のイライザに、フレディがプロポーズ)

書斎に残されたイライザは、決心を固め、教授邸から家出する。
しかし、玄関には、インスフォード=ヒル家のお坊ちゃん・フレディーが待っていて、イライザにプロポーズする。
二人はイライザの育ったリスン・グローブへタクシーを走らせる。
イライザはお坊ちゃんのフレディーには興味はないが、愛されていることに悪い気はしない。 リスン・グローブへ着くと真夜中なのにパブが開いていて、中から酒浸りの成金男が出てくる。イライザの父だった。

イライザ:「とうちゃん」。
アルフレッド:「あの野郎、情も何もない。こんな惨めなザマを探りに娘をよこしやがった。見るも無惨だと、先生に報告しろ」。
イライザ:「何の事?その格好は?」
アルフレッド:「しらばっくれるな。(※知っているのに、知らんフリするな)みんなウィンポール街の悪魔の仕業だ」。
イライザ:「教授が何かしたの?」
アルフレッド:「俺を滅ぼしやがった。中産階級の道徳に縛り付けおった。奴は、アメリカの碌でなし(自分にとっては関わりたくない人)に手紙を出しおった。道徳改善協会っていうワケの分からん団体に500万ドル出した男に、英国一番の道徳家はこの俺だと推薦しやがった」。
イライザ:「彼一流の冗談ね」。

アルフレッド:「冗談で済むか。お陰でワシは金縛りだ。その金持ちが死んで、ワシに年4,000ポンドも残しおった。誰が俺を紳士にしろって頼んだんだ。前の暮らしの方が自由で幸せだった。今は窮屈な服を着てたかられる身だ。今じゃ、稼ぎのない親戚が50名・・・他人の為に生きるのが中産階級の道徳だ。あと、数時間で教会行きだぞ。受難劇の総仕上げだ。葬式みたいな格好で結婚式さ。お前も見たいか?」
イライザ:「見たくない」。

アルフレッド:「お前の継母が、ワシと正式に結婚しないと世間体が悪いってさ」。
イライザ:「じゃ、いっそ、4,000ポンドを返したら?」
アルフレッド:「言うのはカンタンだが、度胸がねぇ。また、文無しになるのが怖い。今のワシは金の亡者だよ。これも、お前の大事な先生のせいだ」。
イライザ:「もう、ヒギンズ先生とは関係ないの」。
アルフレッド:「お前、追い返されたのか?
ははーん、あの野郎は、先にワシを中産階級に仕立てて、それから、お前を押しつける魂胆だったんだな。其の手には乗らんぞ。お前はウチにくるな。びた一文もやらん」。

第十幕(ヒギンズ教授の母の実家:イライザはヒギンズ夫人に会いに行く)

イライザは、フレディーと別れ、翌朝にヒギンズ夫人邸に駆け込む。
ヒギンズ夫人;「おはよう、イライザ、舞踏会の大役、よくやったわね」。
イライザ:「教授は、舞踏会の成功を全部自分のものにして、私のことなどそっちのけなんです」。
ヒギンズ夫人;「まぁ、酷いことを・・・それで家を出てきたの。私なら焼け火箸を投げつけるわ」。

そこへ、ヘンリーがやってくる。
ヘンリー:「母さん、ひどい話だよ。イライザが怒って、ぼくに無断で家を飛び出した。女は何を考えているのかサッパリ分からん」。
ヒギンズ夫人:「イライザなら、ウチにいるわよ。あなたは、もう少し行儀よくしなさい」。
ヘンリー:「ぼくが腐れキャベツからレディに作った女に行儀よくしろと?」
ヒギンズ夫人:「その通りよ」。
ヘンリー:「冗談じゃない」。

ヘンリーの前に出てきたイライザは、
イライザ:「実験は大変でした。紳士、淑女のなんたるかは、大佐に学びました。大佐は、私を花売り娘以上の扱いをしてくれました。レディと花売り娘の違いは、どう振る舞うかではなく、どう扱われるかです。
私をいつまでも花売り娘と扱う教授には、私は永久に花売り娘。レディとして扱う大佐の前ではレディになれます」。

そこへメイドがやってくる。
メイド:「司教様がお出でです」。
ヒギンズ夫人:「まぁ、大変...ヘンリーと一緒のところを見られると、司教に破門されてしまうわ。此処はダメよ。書斎にお通しして。ヘンリー、イライザとの会話は二つに限定します。天候と健康の話題だけよ。イライザ、息子がヒステリーを起こしたら追い出しなさい」。

ヘンリー:「これだけゴネれば、君は、気がスーッとしただろ。もう戻ったらどうだ?」
イライザ:「あなたの靴の番や怒鳴る相手が要るから戻れって言うの?」
ヘンリー:「頼んではおらん」。
イライザ:「では、何のために?」
ヘンリー:「君の為だ。戻れば今まで通り扱おう。私が君に対する態度を変えるつもりはない。私も大佐も根本は変わらんさ」。
イライザ:「でも、大佐は花売り娘だった私を貴婦人として扱うわ。月謝も払ってくれているし、言葉遣いも優しいわ。でも、それに甘えているワケではないの。私はあなたとは身分が違うので、どう扱われようとも平気だけど、私はあなたから無視されるのが嫌なの」。
ヘンリー:「私が君無しでやれるのか考えないのか?」
イライザ:「今更、甘えてもダメ。あなたは自分の道をいくしかないわ」。
ヘンリー:「君がいなくてもやれるさ。だが、君がいると楽しい。その君がいないと寂しくなる」。
イライザ:「私がいなくて寂しければ、蓄音機に録音した私の声が聴けるわ」。
ヘンリー:「蓄音機には君の心まで入ってない」。

イライザ:「何なの、その煮え切らない曖昧な言葉。邪魔だから出て行けと突き放したり、寂しいから戻れって、女心をグイグイと締め付ける・・・そんな卑怯なやり方はずるいわ。私を好きなら好きとハッキリ言って。フレディは、私に毎日手紙を書いてプロポーズしてくれたわ」。
ヘンリー:「何?あのフレディーが?...使い走りもできない小僧だぞ。君は王子さんの相手も出来たんだぞ」。
イライザ:「私を心から愛してくれる人が王様よ。私はここを出たら音声学の先生になるの。あの、ハンガリー人の助手になるわ」。
ヘンリー:「イライザ頼む、私が嫌がることをするな」。

第十一幕(ヒギンズ教授、レディになったイライザに降参)

ウィンポール街に枯葉が舞う晩秋・・・。 ヒギンズ教授ことヘンリーは、大事なものを失って、母の家から背中を丸めて帰宅する。誰も居ない書斎。ソファに座って何となく、蓄音機をかける。スピーカーから声が聞こえる。

大佐:「君の名前は?」
イライザ:「イライザ・ドゥーリトルよ」。
ヘンリー:「それで、レッスン料にいくら出すつもりだ?」
イライザ:「フランス人にフランス語を習うのは、1時間で18ペンス。自国の言葉を習うのに、そうは出せないね。1時間で1シリングだ」。
ヘンリー:「1シリングと言ったら、この娘からしたら大金だ。億万長者の60ポンドに匹敵する。そんなに貰うのは初めてだ」。
イライザ:「60ポンド!そんな金ないよ。誰がそんなに出すと言った?」
ピアス夫人:「泣かないの。先生は、あなたのお金は取らないわ」。
ヘンリー:「涙を拭け。顔を拭くハンカチという布だ。レディになりたけりゃ、服の袖とハンカチを混同するな」。
ピアス夫人:「この子に教えても無駄ですよ」。
イライザ:「あんた、何さ。先生があたいに呉れたんだよ。もう、あたいのモンだよ」。
大佐:「おもしろい。この子を社交界に出してみせるだと。それができれば、君は世界一の教師だ。上手く行くかどうか、賭けようじゃないか。私は失敗の方に賭ける。月謝も私が出す」。
イライザ:「大将って、いい人だね」。
ヘンリー:「ははは・・・やり甲斐があるな。これだけ下品で汚い女だ。まず、二階へ上げて身形(みなり)を清潔にしょう」。

誰かが、蓄音機を止めた。ヘンリーが閉め忘れたドアに、イライザが立っていた。
心身共にレディに成長したイライザ:「あたいが汚いって?ここへ来るときは、顔も手もちゃんと洗ってきたよ」。

帰って来てくれたイライザを熱く抱きしめようとせず、まだ独身主義の意地を張る、ダメ男のヘンリーは、照れ臭くて帽子で顔を隠し、
「私のスリッパはどこだ」。

THE END

バーナード・ショウが書いたピグメイリオンのエピローグは、二通りのエピローグが作られた。
バーナード・ショウが存命していた時は、イライザはフレディーと結婚して花屋を開店するストーリーだったが、ヘンリー・ヒギンズと結婚するストーリーは後になって原稿が発見された。 どちらも悲劇で終るストーリーのようだが、原作の結末は公にされていないようだ。今回は台本を重視し、画像を省いて編集しました。

2013年8月13日 尾林 正利

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