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マディソン郡の橋

(1995年公開・原作は、ロバート・ジェームズ・ウォーラーの小説「マディソン郡の橋」)

The Bridges of Madison County
Directed by Clint Eastwood

ぼくは映画を観て、主人公の境遇に感情移入して泣くようなことは滅多に無いのだが、この「マディソン郡の橋」という映画を10年以上も前に初めて観た時には泣けた。映画館内で人目憚らず啜り泣きした、ぼくの心にグサッと突き刺さった作品であった。

というのは、この映画のストーリーが、結婚歴のあった初老の独身写真家と、その写真家が取材先で偶然に出会った熟年農婦との4日間の完全な愛(具体的には、精神的に昂揚した愛と、性的なオーガズムが同期した愛)を描いた作品で、とくに、ロバート・キンケイド(演じたのはクリント・イーストウッド)という、人生のピークを過ぎた写真家の描写に、個人的な共感をおぼえるシーンがあったからである。

この映画を熟年の不倫をテーマにした作品だと書く人もおられるようだが、それは、世間の道徳観に染まった人の見方で、人間一人一人の恋愛経験や恋愛の質によって、配偶者がいる人同士の恋愛は、一概に不倫(三角関係)だと決めつけられないような気がする。

クリント・イーストウッドというハリウッドの監督で俳優は、日本でよく知られている男優である。
近年では、「硫黄島からの手紙(2006年)」を演出して、映画俳優というよりも映画監督としての活躍が目立っている。作曲も手掛ける才能もあるらしい。
1986年から、共和党を支持してカリフォルニア州カーメル市の市長を6年も勤めた多才な映画人である。
カーメル市で彼が経営するホテルの庭には、マディソン郡の橋で、ロバート・キンケードが使った緑色のピックアップ・トラックが展示されている。

この人は、1959年〜1966年まで、テレビ映画の西部劇「ローハイド」の"ロディ・イェーツ"というカーボーイ役に始まって、バイオレンス(暴力)映画の「ダーティー・ハリー」という、サンフランシスコ警察のハリー・キャラハン刑事の役やマカロニウェスタンの「荒野の用心棒」、「夕陽のガンマン」という映画で、賞金稼ぎの「名無し」役を好演した。

クリント・イーストウッドは、映画俳優としては、アクション・スターのイメージが強かったのだが、当作では、暴力的な拳銃から平和なカメラに持ち替えて、雑誌社の仕事をする、フリーの写真家の役を渋く演じている。

ところで、この映画に登場する、写真家のロバート・キンケードが愛用していたカメラは、3台のNikon Fであるが、メインのNikon Fには、シャッターボタンの付きのグリップ部分を外した「F-36モードラ」がカメラボディの底部にネジ止めされていて、キンケイドは手巻きで写真を撮っていた。 ちょっと、不自然だった。

僕の経験では、バッテリー切れなどで、モードラのフィルム給送メカニズムが停止すると、カメラの巻き上げレバーを手動で操作していたが、その場合はフィルムの巻き上げが、かなり重くなるのだ。
クリント・イーストウッドの掌が大きいので、Nikon Fが手でスッポリ隠れないように、カメラ底部を嵩上げして、映画写りを良くするために、上げ底したのだろうと思う。
彼のNikon Fの構え方は、プロから指導を受けたのか、マアマアであった。

この映画で、アイオワ州の田舎で暮らす農家の主婦、フランチェスカを演じた、メリル・ストリープの演技力にはノックアウトされてしまった。

メリル・ストリープは「ソフィーの選択(1982年)」で、ナチのアウシュヴィッツ強制収容所に入れられたことのある痩せこけた、案山子のようなポーランド女性役を演じ、アカデミー最優秀主演女優賞を獲得した女優で、その映画ではポーランド語を学んで、ガリガリの体型にして、役に成り切って演じた。
最近では、「マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙(2011年)」で、実在した英首相を演じて、アカデミー最優秀主演女優賞を獲得した。

この映画のエピローグで、ロバート・キンケードの最後の写真集(映画上の写真集)になった、Four Days Remembering(永遠の4日間)に、" for F " という、自筆のサインがされていた。
道なき森に足を踏み入れる喜び・・・の詩を添えて。

その " for F " とは、この映画の主人公である、Francescaの「F」であることは勿論だが、Nikon Fの「F 」も含まれていると僕は思うのだ。
ロバート・キンケイドという写真家が、最も愛した二つの「F」であることも気付かなければならない。写真家にとっては、愛機の存在は、命の次に大切なものだから。

実は、ぼくも22歳(1966年)からプロのフォトグラファーとして働いていて、1966年〜1972年頃(Nikon F2が販売される)まで、Nikon Fを仕事に使って愛用していた。
そして、1969年に自動車運転免許を取得し、26歳の時に初めて買った愛車に乗って、日本全国の各地へ写真を撮りに行った。
最後に、6台目の愛車に乗って写真取材したのは、64歳(2008年6月)の時で、この映画のロバート・キンケードという小説上の写真家の体験と何となくオーバーラップするところがあるのだ。

若い頃は、フィルム・ライブラリー用の撮影取材を兼ねた旅先で、心の中に葬ってしまった記憶に残る女性との出会いも経験したが、熟年になってからは、この映画のように、旅先での素晴らしい女性との出会いはない。
そこだけが、ぼくに実在した過去と、映画上のバーチャル(仮想体験=作り話)とは違う。

ぼくは広告写真の撮影が主なので、大抵は、カメラ助手と一緒に、ぼくが撮影機材と照明機材を積んだ愛車を運転して、大阪から遠い九州や東北にある工場などへ写真取材にいくケースが多かったのだが、たまには自分一人で、撮りたい被写体を求めて、愛車にカメラと三脚・脚立、着替えや毛布を積んで旅に出ることも多かった。 そういう、一人で行くプライベートな撮影では、心の隅で、密かに自分好みの女性との「出会い」を期待して旅している時もあった。
とくに一人旅は、日常のストレスから、心身をリフレッシュするためのもの・・・小説上のロバート・キンケイドのように・・・。
だから、ぼくは団体旅行が性に合わないのだ。

1976年7月21日、32歳の頃、失恋を癒すため、ぼくは夏休みを取って北海道へ行き、愛車を運転して撮影旅行した。
そこで、初めて出会った二十代の愛らしい顔つきの女子大生と親しくなって、11日間ほど、二人で旅したことがある。
女性の名前は控えるが、北海道の鄙びたJRローカル線の羽幌駅前で出会って、ぼくの撮影を手伝って貰ったので、最初のうちは恋愛感情は生まれなかったが、北海道での取材を終える頃は、恋心が芽生え初めていて、半年後に大阪で会う約束をして旅先の小樽港で別れ、ぼくが独りぽっちでフェリーに乗って大阪へ帰るのが寂しかったのを憶えている。本心は、北海道で得た、大きなお土産と一緒に帰りたかった。

1977年10月になって、山田洋次監督が監督した「幸せの黄色いハンカチ」という映画を観たが、失恋して自棄(やけ)になった花田欽也(武田鉄矢)という女好きの軽薄な青年が、勤務していた工場を辞め、退職金で買った真っ赤なマツダ・ファミリアをフェリーに載せて北海道へ旅に出る。
釧路から網走にやってきた欽也は、女恋しさから、網走の駅前で次々と、一人旅の若い女の子に声を掛けて、東京から一人旅できたという、ちょっとワケありそうな若い女の子・朱美(桃井かおり)をナンパして、クルマに誘い、欽也は浮き浮き気分になる・・・。

このようなシチュエーションの映画を観て、ぼくは驚いた。
旅先での男女の出会いは、ぼくだけの体験ではなく、夏休みに、北海道へ一人旅をしている女性って意外に多く、クルマで一人旅のナンパ目的の男も多いことが分かった。

一人旅の男 + クルマ + 旅先で出会った一人の女・・・との組み合わせは、ドラマになりやすい。

「幸せの黄色いハンカチ」は、アメリカ映画に多い、典型的なBoy meets Girl の映画で、定番通り、ハッピー・エンドで終わるが、マディソン郡の橋を書いた、ロバート・ジェームス・ウォーラーは、Boy meets Girl の本を書いてもハッピー・エンドにはしなかった。
二人の心の中に、シークレットな「想い出」として葬ってしまったのだ。

それは、男も女も50代近い熟年になると、それまで積み重ねた様々な体験から、人生観や個人の価値観が固まってしまい、若いときのように、自由奔放なアヴァンチュールが出来なくなる。
熟年同士の男女交際は、用心深くなって慎重になりがちだ。旅人の男と、旅先で出会った女も、お互いに家族のしがらみや世間体があり、従来の道徳観に縛られ、二十代の男女のように、軽々しく近づき難いものなのだ。 その一線を越えたのが、マディソン郡の橋という映画である。

今の若い人には、受け入れられないストーリーかも知れないが、マディソン郡の橋という本は、1992年に初版が出版され、アメリカでベストセラーになり、各国において翻訳されて、1200万部も売れた本である。1994年に映画化が決まり、1995年に映画が公開された。2014年には、ブロードウェイ・ミュージカルとして上演されるようだ。

主なキャスト

Robert Kincaid(ロバート・キンケイド:写真家)・・Clint Eastwood(クリント・イーストウッド)
Francesca Johnson(フランチェスカ・ジョンソン:農婦)・・Meryl Streep(メリル・ストリープ)
Michael Johnson(マイケル:ジョンソン家の長男)・・Victor Slezak(ヴィクター・スレザック)
Carolyn Johnson(キャロリン:マイケルの妹)・・Annie Corley(アニー・コーリー)
Richard Johnson(リチャード:連合軍兵士としてナポリに進駐した時、フランチェスカと結婚する)・・・Jim Haynie(ジム・ヘイニー)
Young Michael(17才のマイケル)・・Christopher Kroon(クリストファー・クルーン)
Young Carolyn(16才ののキャロリン)・・Sarah Kathryn Shumitt(サラ・キャスリン・シュミット)
Betty(ベティ:マイケルの妻)・・Phyllis Lyons(フィリス・リヨンズ)
Madge(マッジ:フランチェスカの近所に住むママ友)・・Debrah Monk(デボラ・モンク)
Lawyer Peterson(ピーターソン:遺産相続の弁護士)・・Richard Lage(リチャード・レージ)
Lucy Redfield(ルーシー・レッドフィールド:不倫女の噂で村人からイジメに遭うが、フランチェスカと親友になる)・・・Michelle Benes(ミシェル・ベネ)

主なスタッフ

監督:Clint Eastwood(クリント・イーストウッド)
制作:Clint Eastwood, Kathleen Kennedy(クリント・イーストウッド、キャスリーン・ケネディ)
脚色:Richard LaGravense(リチャード・ラグラヴェネス)
原作:Robert James Waller(ロバート・ジェームズ・ウォーラー)
撮影:Jack N Green(ジャック・N・グリーン)
音楽:Lennie Niehaus(レニー・ニーハウス)
美術;William Arnold(ウィリアム・アーノルド)
ヘヤー:Carol O'Connel(キャロル・オコンネル)
メイキャップ:Mike Hancock(マイク・ハンコック)
衣裳:Colleen Kelsall(コリーン・ケルセール)
編集:Joel Cox(ジョエル・コックス)
制作会社:Malpaso Production(マルパソ・プロダクション)
     Amblin Entertainment(アンブリン・エンターテインメント)
配給:Warner Bros.(ワーナー・ブラザース)
画面:Technicolor, Panavision(テクニカラー・16:9ワイドスクリーン)
DVD制作:ワーナー・ホーム・ビデオ


ロケ地:1994年にアイオワ州マディソン郡ウィンターセットに「フランチェスカの家」や農具や農作物を保管する納屋、井戸水を汲み上げる風車の付いた給水塔が建てられ、延べ42日かけてロケ撮が行われた。当作品では、1965年頃のアメ車が使われて、アメ車ファン必見の映画でもある。
ロケ後もロケセットが保存され、観光スポットになっていたが、放火によって母屋が被災し、現在は立入禁止にされているようだ。

ストーリー

この映画の原作は、プロの写真家を目指していた、ライター(文筆家)のロバート・ジェームズ・ウォーラーの生き様を下敷きにした創作であって、完全な実話ではない。
彼は、プロの写真家を目指していたが、望みがかなわず、写真はアマチュアのレベルに甘んじたが、文才があって、本は爆発的に売れた。
ウォーラーの原作を読んでいないので、原作とフォーカス(ピント)が合わないかも知れないが、映画で観た感じを素直に述べることにした。

この映画の特徴は、デヴィッド・リーンが監督した「アラビアのロレンス」のように、主人公の死(葬儀)からスタートする演出である。
そして、主人公が残した日誌や遺品から、映画が始まるというのも、アラビアのロレンスと同じアイディアで、エンディングは「戦場に架ける橋」と同じで、「橋」の空撮で終わる。
監督のクリント・イーストウッドは、デヴィッド・リーンを密かに尊敬していたのかも知れない。

この映画を光らせているのは、やはり、フランチェスカを演じた、メリル・ストリープのずば抜けた演技力だと思う。

時は1989年の晩秋、アメリカのアイオワ州マディソン郡ウィンターセット(郡の都であるデモインから南西へ22km郊外)の起伏の多い農村地帯にあるフランチェスカ・ジョンソンが住んでいた家に、一台のワンボックス・カーがやってくる。

亡くなった母・フランチェスカの長男、マイケル・ジョンソン(41才)と妻ベティの二人である。実家の玄関では妹のキャロリン(40才)が出迎えた。
二人は、生前の母が依頼していた弁護士の要請で、亡き母親の葬儀と、フランチェスカが住んでいた実家の遺産整理に立ち会うために、久し振りに故郷に戻って兄妹が再会したのだった。兄妹はそれぞれ結婚して、別々の場所で所帯を持っているが、パートナーと夫婦仲が上手く行ってなかった。

実家で、二人は思いがけない母の遺言をピーターソン弁護士から聞く。
母が亡くなる直前に、弁護士と立会人のルーシーの前で話した遺言によると、母は火葬を望んでいたらしい。葬儀を火葬にするか土葬にするかは、喪主や近親者の判断も必要なので、遺体は葬儀屋に安置されているということだった。

娘のキャロリンが母の手紙を読むと、
「私は家族3人を愛し、家族のために尽くしました。しかし、私の残り身は、もう一人の愛する人の為に火葬して、その遺灰をローズマン・ブリッジから撒いて欲しいのです。これは老女の戯言(たわごと)ではありません」と、いうものだった。

そして、大きな木箱を開けると、なんと、箱の中からNikon Fが3台と写真集が一冊、そして男物のブレスレット、母のペンダントが出てきた。そしてその中に、娘のキャロリンに宛てた手紙と3冊の日誌が・・・。

実家には、父が亡くなる遥か前に、父母が入る墓地を買っていて、先に父の墓が建てられていたので、二人は母の不可解な遺言に戸惑ってしまう。
兄・マイケルの妻ベティは、義母がイタリア人だったから、イタリアでは、火葬するかも知れないと言う。
さらに、母のフランチェスカが娘のキャロリンに3冊の日記があるので、母がウィンターセットの農場で、どういう生き方をしたのかを読んで欲しいと書かれていた。

兄のマイケルと一緒に、妹のキャロリンが、恐る恐る母が残した日記を開けて朗読すると、そこには顔が赤くなるような、二人が全く知らない写真家と母の秘められた「完全な愛」が、赤裸裸に告白されていたのだった。
それは1965年の秋、マイケルとキャロリンの二人が17才と16才の子供だった頃、イリノイ州の州祭に、キャロリンが飼育した自慢の牛(1才)をコンテスト(品評会)に出すため、父のリチャードと3人で出掛けた朝から始まる日記だった。

第一章(1日目の月曜日:起承転結の起)...24年前の回想シーンが始まる。

夫のリチャード、長男のマイケル、妹のキャロリンの3人を州祭に送り出した母のフランチェスカは、洗濯と部屋掃除を終えると、リビングで、アイスティーを飲みながら、ナポリ民謡(カンツォーネ)のラジオ番組を聴きながら愛犬と寛いでいた。
ベランダに出て、カーペットの埃を叩(はた)いていたら、一台の緑色のピックアップトラックが家の前で停まった。
そして、一人の背の高い初老の男が近づいて来た。

フランチェスカがクルマのナンバープレートを見ると、アメリカの西北端に位置するワシントン州(有名な町はシアトル)のナンバーであった。

ロバート:「どうやら、道に迷ってしまったようです」。
フランチェスカ:「ここはアイオワよ。間違ってない?」
ロバート:「この辺りにある、 屋根付きの橋(Covered Bridge)を探しているんです」。
フランチェスカ:「あぁ、ローズマン・ブリッジね」。
ロバート:「それです。どう行ったらいい?」
フランチェスカ:「そこなら、家(うち)から3kmほど先よ」。

フランチェスカは、口では上手く道を教えられないので、ロバートに中々伝わらない。

フランチェスカ:「じゃ、その車に乗って案内しましょうか?帰りは、ここまで送ってね」。
ロバート:「勿論です。ご迷惑では?」
フランチェスカ:「私に気兼ねはいいの。アイスティーを飲んで一息入れようとしてたところなの。ちょっと待って、靴を履いてくるわ」。

ロバートは、散らかった助手席を手際よく片付けた。そして、二人はローズマン・ブリッジに向かった。

ロバート:「この辺りは、アイオワ独特の肥沃な土の匂いがしますね。この匂いは好きです。あなたは?」。
フランチェスカ:「さぁ、ここに住んでいると、土の匂いなんて何とも。あなたはワシントン州の方なの?」。
ロバート:「二十歳(はたち)までそこで暮らして、結婚してからシカゴへ・・・」。
フランチェスカ:「じゃぁ、ナンバープレートは、何でワシントン州のままなの?」
ロバート:「離婚して戻ったんです。・・・あなたはいつご結婚を?」

旅の男が、いきなり離婚したと聞いて、フランチェスカは少し戸惑う。

フランチェスカ:「(結婚したのは)・・・ロングタイム(大昔)よ」。
結婚記念日は、女性にとって忘れられない年月日。この時の彼女は結婚15年目だった。15年目だと即答できた筈だが、米兵だった夫と授かり婚だったのか?曖昧に答えた。

ロバート:「ご出身は?・・・あんまり訊いたら、失礼かな?」
フランチェスカ:「いいえ、いいのよ。出身地はイタリアよ」。
ロバート:「イタリアからアイオワへ?・・・イタリアの何処ですか?」
フランチェスカ:「イタリア東海岸のバーリよ。アイオワでは誰も知らない小さな港町なの」。
ロバート:「バーリ!知っていますよ。ギリシャで仕事があって、バーリを通って、ブリンデイジへ・・・バーリは、美しいところなので汽車を降りて、数日滞在しました」。
フランチェスカ:「美しかったので途中下車って、(変な人だわ) ホントに?」
ロバート:「本当です」。

車は緩やかなカーブを進むと橋が見えてきた。
フランチェスカ:「あれよ。ローズマン・ブリッジというのは」。
ロバート:「素晴らしい、写真になる」。

二人は車を降りた。
ロバート:「今日は写真を撮りません。今の時間は、橋に当たる光線状態が良くない。ここを撮るのは早朝の方がいい。とりあえず、今日は、撮る場所を決める下見だけにします」。

ロバートは広角レンズ付きのNikon F 一台とハスキー三脚を持って、川岸に降りてローアングルから、ローズマン・ブリッジの全景を撮る最適なポジションを探す。
フランチェスカは、ロバートが働く様子を橋の上から観察し、もし、ロバートが私の夫だったら・・・という、危険な妄想を抱き始める。

ロバートは、ロケハンを早めに切り上げた。そして川岸に生えていた可憐な花を摘んで、道案内のお礼にフランチェスカにプレゼントする。

ロバート:「女性に花を贈るのは、時代後れかな?これは、ぼくからの感謝の印です」と言って、花束を差し出す。
フランチェスカ:「ありがとう。・・・でも、それは毒草よ」。
ロバート:「知らなかった。ゴメン、ゴメン」。ロバートは摘んだ花を道端に落とす。
フランチェスカ:「アハハハ、ウソよ」。
ロバート:「えーっ、君には、意地悪を言う趣味があるんだね」。
フランチェスカ:「どうして、そんなこと言ったのかしら?」
ロバート:「今日は、ご親切に道案内して戴いて、とても助かりました。ジョンソンさん」。
フランチェスカ:「フランチェスカよ」。
ロバート:「ぼくは、ロバートです。ナショナル・ジオグラフィックという写真雑誌で仕事している、写真家のロバート・キンケイドです」。

ロバートは、フランチェスカを彼女の自宅まで送った。すると、彼女はアイスティーを一緒に飲まないかと言って、ロバートを家の中に誘った。
ロバートは、アイオワ州農家のリビングキッチンを興味深く見渡し、椅子に座った。そして、冷蔵庫で冷やしたアイスティーで、喉の渇きを癒した。

フランチェスカ:「今夜は何処に泊まるの?」
ロバート:「デモイン(州都)のキャビン式ドライブインに」。
フランチェスカ:「それで、何日ここにいるの?」。
ロバート:「天気が良ければ、4、5日の予定ですが、雨が降れば1週間になるかも・・・良(い)い写真が撮れたら、引き揚げます。あたたのご家族は?」
フランチェスカ:「皆、イリノイ州の州祭に出掛けたの。娘が自慢している牛をコンテストに出すの」。
ロバート:「歳は?」
フランチェスカ:「まだ、一歳よ」。
ロバート:「牛じゃなくて、お子さんの歳です」。
フランチェスカ:「アハハハ、そうよね・・・マイケルが17で、キャロリンが16よ」。
ロバート:「子供は良い」。
フランチェスカ:「17や16は、もう子供じゃないわ。今、反抗期なのよ。子供は、どんどん変わっていく」。
ロバート:「皆、成長して変わっていくのが、自然の法則です。変化を怖れることはありませんよ」。
フランチェスカ:「でも、私は変化が怖いの」。

フランチェスカは、子供のことや夫リチャードとの馴れ初めをロバートに語り、アイオワでの平凡な暮らしの胸中を吐露する。
フランチェスカは、少女の頃の夢だった、教員免許を持っており、イタリアに住んでいた時は、ナポリの女子高で教鞭を執っていた時、クラスの生徒の中には医師になった者もいたが、アメリカに移ってからは、夫・リチャードの反対で、二人の子育てのために教師を辞めたことが心残りのようだった。

つまり、フランチェスカは、自分の人生が、自分が望んでいない方に向かっていることに気付き、人知れず、進歩のない現状と格闘してもがいていたのだった。

フランチェスカ:「(ここでの暮らしは、)私が少女のころに描いていた夢とは違うのよ」。
ロバート:「昔の夢は良い夢。叶わなかったが、いい想い出としましょう」。

アイオワ州の田舎暮らしで、農家の専業主婦にどっぷり浸かっていたフランチェスカは、愛する家族のために、良妻賢母の役に縛られ、すっかり所帯染みて、女として少しずつ枯れ始めていて、それを元通りの溌剌とした女に一瞬でも戻してくれる、自分に相応しい男との出会いに飢えていたのだ。

フランチェスカ:「夕食は、どこで?」
ロバート:「街のレストランで」。
フランチェスカ:「街では、ろくなものないし、独りで食べるんでしょ。私も独りよ・・・うちで家庭料理を食べない?」
ロバート:「いいんですか?」
フランチェスカ:「いいの。金曜の朝までは誰も帰らないし。食事しながら、あなたの話をいろいろ聞きたいわ」。
ロバート:「じゃ、お言葉に甘えて。家庭料理は、久し振りです。ちょっと、お願いがあるのですが、冷蔵庫をお借りできますか」。
フランチェスカ:「どうぞ」。
ロバート:「今日のような暑さだと、カラーフィルムのカラーバランスがイカれてしまう」。


彼はカメラバッグから、コダクロームの2カートン(20本パック×2)を取り出して、冷蔵庫の野菜室に放り込む。プロの写真家でないと気付かないカラーフィルムの保存方法だ。ロケハンで汗をかいたロバートは、表の井戸へ、シャワーを浴びに行った。初老のロバートは、頭は白髪交りの薄毛だが、裸になったら筋肉隆々。

二階の寝室の窓から、夫には感じない、エロチックなロバートの裸体を覗くフランチェスカ。フランチェスカは、少し香水を付け、髪を梳かし、イヤリングも付ける。
フランチェスカは、寝室の鏡で裸体を確認した。まだ、男を惹きつけられる体型かどうかを・・・鏡に映った自分の姿を見て、
「私って、正気かしら・・・この事実を夫や子供に話せるかしら?」と自問自答する。

陽が傾き、夕食の時間になった。
ロバートが旅行で体験した、メスゴリラのとのHな遭遇をジョークを交えて話し、楽しい夕食になる。夕食が済むと、

フランチェスカ:「イタリアの他に、印象に残った場所は?」
ロバート:「そうだな、やはりアフリカが一番良かったかな。別世界です。アフリカは、文化や人種だけでなく、空気まで違うんです。
目の前で映り変わる、夜明けから夕暮れまでのクリアーな色。人間と動物、動物と動物が共存している。
そこは、弱肉強食の世界だが、善悪はないんです。文明社会のように、課せられた道徳は無いんです。自然の姿のままです。それが美しい。傍観者の天国です」。

農家育ちの夫とは、交際の始まりから今までしたことのない、”文学的な会話” だった。
フランチェスカ:「いいところね・・・行ってみたいわ」。
ロバート:「ご主人と、サファリ・ツアーへ」。
フランチェスカ:「そうね」と、気のない返事をした。
ロバート:「庭に出ませんか?」

夕食後の二人は家の外に出る。陽は沈んで暗闇の中から虫の声がする。
ロバート:「ここは、良(い)い所だな。今まで行った一番良いところです・・・月の銀のリンゴ、太陽の金のリンゴ・・・」。
フランチェスカ:「イェイツね。・・・さまよえるアンガスの歌」。
ロバート:「いい詩人です。・・・リアリズム、無駄の無さ、官能性、美、魔力、ぼくのアイルランドの血に合う」。
フランチェスカ:「部屋で、ブランデーでも飲みましょ」。

二人は部屋へ戻ってブランデーを飲むことにした。
フランチェスカは、精神的にも肉体的にも高揚して、上気した顔になっている。

ロバート:「フランチェスカ、大丈夫か?僕たちは悪い事をしていない。今夜の事は、お子さんに話せる?」
フランチェスカ:「そうね。どうかしら?」
ロバート:「・・・古き花と、遠い音楽に乾杯」。

フランチェスカ:「一つ、質問していいかしら?・・・なぜ、離婚を?」
ロバート:「ぼくは、写真の取材で、年中、旅ばかり。
そういうことなら、なぜ結婚をしたのかというと、戻る所が欲しかったんです。旅ばかりだと、自分を見失う。
でも、ぼくは変わり者で、旅している方が、自分を見い出せた。世界中が自分の家(うち)」。
フランチェスカ:「寂しくならないの?」
ロバート:「寂しさは感じません。世界中を旅行して友達ができて、いつでも訪ねられる」。
フランチェスカ:「女のお友達も、あちこちにいるわけね」。
ロバート:「ぼくは、僧侶じゃありませんよ」。
フランチェスカ:「アイオワで会うのは、いつも同じ人ばかり。だから、ディレーニーさんとルーシーの不倫で、街中大騒ぎなの」。
ロバート:「そういうのは、これは、ぼくのもの、彼女をぼくのものだと手で囲んでしまうんだ。他の人が騒ぐのは、ナンセンスだよ」。
フランチェスカ:「あなたは、家族がいなくてもいいの?」
ロバート:「それを選ぶ人もいます。アメリカ人の頭の中は、家庭礼賛の倫理で惑わされているんです。ぼくのような男には、" 家庭の幸せを知らずに、世界を彷徨う哀れな奴 ”という、レッテルを貼られる」。
フランチェスカ:「あなたは、自分の好き勝手に生きるわけ?他人は、どうなるの?・・・じゃ、私は惑わされて家庭を持ったというの?あなたのように、アフリカを知らなくても、自分の人生を生きているのよ」。
ロバートは、フランチェスカの質問責めに疲れて、早朝の撮影があるので、22km離れたデモインのモーテルへ帰った。

ロバートに心身がインスパイア(触発)されたフランチェスカは、ベランダに立って、白いガウンを蛾のように広げ、心身共に火照った体を夜風で冷やした。
そして、メモを取り出し、イェイツの詩を引用して、

「 白い蛾が、羽根を広げる頃、また、夕食にどうぞ。
お仕事が終ったあと、何時でも構いません」。

※メスの蛾は強烈なフェロモンを夜に放出し、数キロ離れたオスを誘き寄せる。
そして、フランチェスカは、自宅のピックアップトラックを運転して、3km離れたローズマン・ブリッジにメモを貼りに行った。

キャロリンの朗読を聴いていたマイケルは怒り、
「あの変態野郎は、母さんを酔わせて、ヤッタのかな。許せない」。
キャロリン:「兄さんは、まだ子供ね。邪推は、やめてよ。素敵な話しじゃないの」。

第二章(2日目の火曜日:起承転結の承)

翌朝のロバートは予定通り、デモインのモーテルを早朝に起きて、ローズマン・ブリッジの写真を撮りに行った。
1965年頃の日本では、グラフ誌用の風景写真は、中判カメラや大判カメラで撮るのが基本だったが、彼は大伸ばしに向かない35mm判のNikon Fを使っていた。

それは、超微粒子のコダクロームを使っていたから。
但し、コダクロームはフィルム感度がISO25(当時はASA25)と低く、エクタクローム・デーライト(当時はASA64)のように、増感現像を出来なかったので、スローシャッターになる。だから、35mm判カメラのNikon Fでも三脚が必要だった。
彼が契約していた雑誌社の編集責任者が求める写真は、ピントの合ったキレイな写真・・・ロバートは、キレイな写真からオサラバしたかったのだが、老いてからは、作風を急には変えられない。

ロバートは、屋根付き橋の、ローズマン・ブリッジの入口に、フランチェスカの張り紙に気付いて、公衆電話からフランチェスカに電話した。

ロバート:「ロパート・キンケイドです。張り紙を見ました。イェイツの詩も。読まずに先に撮影しました。朝の光を逃したくなくて。喜んで伺いますが、遅くなります。ホリウェル・ブリッジも撮りたいので、9時頃になります」。
フランチェスカ:「いいわよ。お仕事第一ですもの。何か作っておくわ」。
ロバート:「それとも、街で一緒に食事しませんか?」
フランチェスカ:「それもいいわね。うちの車で、ホリウェル・ブリッジまで行くわ」。
ロバート:「じゃ、夕方の6時に」。

フランチェスカは大喜び。ヘソクリを貯めた数十ドルを握って、大急ぎでピックアップトラックを運転して、デモインの婦人服店へ、勝負服の胸元露わなローネックのドレスを買いにいく。

ロバートも昼過ぎにデモインへ、食事するためにレストランに入った。そこで酷いイジメを目の当たりにした。
ロバートがカウンター席で、サンドイッチとコーヒーのランチを取っていると、一人のレディが店内に入ってきて、ロバートの隣に座った。
一人のウェイトレスは、メニューをバシッとカウンターに叩き付ける。「注文は?」
店内の客もレディには冷ややかな視線だった。彼女は「気が変わった」と言って、自家用車(初代のフォード・サンダーバード)の中で泣いていた。
ロバートは、雑貨店で買い物中に、街中でイジメに遭っていたレディのことを店主に訊いてみた。

ロバートは、夕方の5時前にフランチェスカに電話した。

ロバート:「ロバートです」。
フランチェスカ:「少し遅くなったけど、今から出るわ」。
ロバート:「変に取られると困るが、二人が会うのはマズくない?・・・お昼に、街中でルーシーという人を見掛けてね。イジメが酷かったよ」。
フランチェスカ:「訊いたのね?雑貨店のオヤジから・・・彼は、街の放送局よ」。
ロバート:「ぼくの結婚よりも、その人の不倫の方に詳しくなったよ。君がマズイと思うなら、今夜のデートは取り消そう。ぼくは、そういう判断が苦手でね。君を困った立場に置きたくないんだ」。
フランチェスカは涙声で:「お気遣い、ありがとう。ロバート、でも、会いたいの。とにかく、ホリウェル・ブリッジで会って。後は、成り行きで・・・。私は(街のウワサになるのは)、平気よ」。

夕闇迫るホリウェル・ブリッジで二人の車は出会った。
そして、街へは行かず、ウィンターセットのフランチェスカの家に向かった。夜遅いので、ロバートは庭の井戸ではシャワーが出来ない。
二階の夫婦が使うバスルームで、ロバートは体を洗った。お湯はそのままである。服を着替えて、1階のリビングに降りると食事の用意が出来ていた。
フランチェスカもロバートが入った浴槽に後から入った。

昨日、道案内のドライブ中に、ロバートがダッシュボードの小物入れの中のタバコを取り出したとき、彼の手がフランチェスカの太股に触れて、フランチェスカはドキッとして、愛欲のスイッチが入っていた。ロバートが入った浴槽に浸かったフランチェスカは、また全身が火照り始めた。

フランチェスカは、今日、街で買ってきた、勝負服のローネックのドレスを着て、ロバートの前に現れた。
「素晴らしい。息が止まったよ。男なら皆、息を止めて呻く」。
ロバートはラジオでムード音楽をチューニングしていた。二人はチーク・ダンスを踊り始め、優しくキスしあった。やがて、二人は二階のベッドで抑えていた愛欲を解放し、お互いに激しく求め、一晩中愛し合った。
ロバート:「フランチェスカ、どうなろうとも、僕は謝らないよ」。

キャロリンの朗読を聴いたマイケルは怒りを鎮めるために、外の空気を吸いに、ウィスキーを買いに出掛けた。
素面(しらふ)で聴けるような話ではないからだ。

フランチェスカ:「ロバート、どこかへ連れて行って。あなたが行った所へ。地球(アイオワ)の裏側がいいわ」。
ロバート:「イタリアは、どう?バーリへ」。
フランチェスカ:「いいわね。汽車を降りて何処に行ったの?」
ロバート:「駅前の日よけの掛かったレストランだよ。知っているだろ?アランチノを食べさせる所さ」。
フランチェスカ:「"アラッチノ"というの。お店の名は、ゼッポリスよ」。

フランチェスカは、これが自分だと思っていた良妻賢母はどこかに消えた。フランチェスカはロバートにインスパイア(触発)されて別人になり、真の自分を見出していた。

第三章(3日目の水曜日:起承転結の転)

水曜日のロバートは、屋根付き橋の写真取材を中断し、ウィンターセットからフランチェスカと一緒に逃げ出した。
心の咎めになる、畑や橋、ウィンターセットの人々から遠く離れる為だった。
心の縛りから解き放たれた、素晴らしい日だった。二人は太陽が照りつける草むらの上でも、愛し合った。
その後、ロバートは、インドで撮ったドキュメント・フォトをフランチェスカに見せた。

フランチェスカ:「この人たち、カメラを意識していないわ。写真でなくて物語だわ。本にして出版すべきよ」。
ロバート:「そう言ってくれるのは、うれしい。でも、6社の出版社に持ちかけたが、売れないって断られたんだ。
でも、構わないさ。アーチストと言われる素質が何であれ、僕には備わっていないらしい。ぼくは順応型の普通の人間でね」。
フランチェスカ:「そう、決めつけているだけでは?」

フランチェスカは、首にかけていた大切なペンダントを外し、ロバートに掛けてやる。
「これは、アッシジで作られたの。わたしが7歳の誕生日に両親から貰ったの。あなたのお守りにして」。

その後、二人は黒人しか入れないジャズスポットに行って、ジャズバラードの生演奏でチークダンスを踊る。
フランチェスカ:「若い頃のあなたは?」
ロバート:「面倒ばかり・・・」
フランチェスカ:「なぜ、面倒ばかり掛けていたの?」
ロバート:「短気だったんだ」。
フランチェスカ:「ご両親は、どんな方なの?」
ロバート:「僕には出来ない。一生を数日で生きるようなことを」。

外の空気を吸いに行ってた、マイケルが帰ってきた。
キャロリン:「どこへ、行ってたの」。
マイケル:「街へ行って、ちょっと飲んできた。君も呑みたいだろうと思って、ジャックダニエル(バーボン・ウィスキー)を買ってきたよ」。
キャロリン:「街でルーシーの話、訊いたの?」
マイケル:「ディレーニーさんと結婚して、ルーシーは幸せになったそうだ。ディレーニーの最初の奥さんが亡くなって、ルーシーと再婚したが、ズーッと不倫の関係だったらしい。最初のかみさんはディレーニーに冷たく、つまり、セックスレスでね」。
キャロリン:「母さんは、私らの想像から違ってた。私はワイルドな都会に憧れていたけど、アイオワも相当なもんね」。
マイケル:「ぼくは結婚してから、浮気なんかしたことはない」。
キャロリン:「してみたい?」
マイケル:「そりゃ、思うけどね。これから、僕らも母さんのマネを?」
キャロリン:「私はもう40よ。20年間も、酷い結婚生活を我慢してきたわ。それは、パパとママから、離婚はいけないと、我慢しろと教えられたからよ。母さんのように、行き摺りのセックスでトンだことは、一度もないわ・・・良妻賢母のママが、チャタレイ夫人だった。ショックだわ」。
マイケル:「ぼくは、父さんよりも裏切られた気がする。母親と言うのは、父以外の男に性欲を持ったらいけないんだよ。これって異常なのかな」。

第四章(4日目の木曜日と、その後:起承転結の結)

ここからは、マイケルが朗読。

3日目の晩も二人はベッドで愛し合ったが、フランチェスカは新たな心配で眠れなかった。金曜の朝が来れば、ロバートはウィンターセットから去り、新しく知った貴重なすばらしい事実は、突然に消え去る。
4日目の朝、二人は軽い朝食を取っていた。

フランチェスカ:「ロバート、昨夜(ゆうべ)は眠れた?」
ロバート:「眠れたよ」。
フランチェスカ:「一つ、訊いてもいい?」
ロバート:「何だい?」
フランチェスカ:「世界のあちこちの女とは、(別れるとき)どうしているの?」と、嫉妬した。
フランチェスカ:「時々会うの?時々手紙を出すの?どんどん忘れるの?」
ロバート:「酷い質問だな」。
フランチェスカ:「あなたの決めたやり方を知っておきたいの。わたしが眠れないのに、あなたが眠られるなんて、どういう神経?」

食欲のないフランチェスカは、ロバートに用意したパンを皿ごと取り上げた。
ロバート:「別れるのを決めるのは、僕なのか。夫のリチャードを棄てないと言ったのは、君の方だよ」。
フランチェスカ:「世界中を家(うち)だと呼べるような豊かな経験の方ですものね」。
ロバート:「僕の経験も知りもせずに・・・。そのように思わせたのなら。僕は謝る」。
フランチェスカ:「孤独は謎だと言う人に、ここの(退屈な)暮らしが理解できる?」
ロバート:「この話は、やめよう!」
フランチェスカ:「わたしは一生考え続ける。今、あの人と一緒ならばと・・・。彼は今頃、ルーマニアの農家の主婦の台所で、世界各地の女友達の話を聞かせているのかしらって・・・」。

ロバート:「何を言わせたいんだ?・・・僕には君が必要だとも。だが、君には愛する家族がいる。かなわぬ望みだ」。
フランチェスカ:「ロバート、本当の気持ちどうなの?聞かないと気が狂ってしまいそう。明日の朝には全て終わってしまうんですもの」。
ロバート:「フランチェスカ、聞いて欲しい。なぜ、僕は写真を撮るのか?・・・そのワケは、ここで君と出会う為だった。
僕の今までの人生は、最良のパートナーに出会うまで、長い時間を掛けて遠回りしていた。君と出会うまでは。
折角、目の前に掛け替えのない素晴らしい君を見つけたのに、明日になれば、ぼくは、ここを去る。君を残して。ぼくも辛いんだ...」。
フランチェスカ:「じゃ、どうすればいいの?」
ロバート:「僕と一緒に行こう」。

その時、フランチェスカのママ友、マッジの車がリビングの窓から見えた。ロバートは二階の寝室に隠れにいった。
フランチェスカ:「ロバート、車をどこに停めたの?」
ロバート:「納屋の奥だよ」。

マッジは、勝手にドアを開けて入ってきた。
地獄耳を持つマッジは、二日前に屋根付き橋の写真を撮りにきたカメラマンのことを知っており、フランチェスカの家に、カメラマンが居そうなので、調べに来たのだ。

マッジ:「フランチェスカ、お早う。ケーキを焼いたので、持ってきたわ」。
フランチェスカ:「うれしいわ。ありがとう」。マッジは、ケーキを冷蔵庫に入れた。
マッジ:「あんた、部屋の窓を開けないの?ここの部屋は暑いわ。蒸せそう」。
マッジに、来客がばれたかも知れない。

マッジが帰った後、フランチェスカも二階に行き、真っ昼間から二人は愛し合った。
やがて、 陽が傾くと、フランチェスカは、駆け落ちの荷造りを始め、スーツケースを一階に降ろし、出発の準備が整った。そして最後の晩餐をした。

しかし、フランチェスカは、急に思い留まった。
ロバート:「そろそろ僕が帰る時間だが、一緒に来ないんだね?」
フランチェスカ:「何度も考えたけど、正しくないことだわ」。
ロバート:「誰に?」
フランチェスカ:「家族の皆に。街のウワサに殺されるわ。リチャードには、わたしの行動を理解できないし、きっと立ち直れない。誰も傷付けたことのない彼をそんな目に遇わすなんて。よそでは暮らせない人よ。それに、キャロリンはまだ16歳、今から男と女の関係を知る年頃よ。いつかは誰かと結婚して家庭を持つ。そういう娘にどんな影響が?」

ロバート:「じゃ、僕らは?」
フランチェスカ:「分かっているでしょ。心の奥で・・・。わたしが此所を離れたら、どんなに遠くても此所のことが頭から離れられない。それをあなたのせいにする。素晴らしかった4日間の事がバカな間違いに見えてくる」。
ロバート:「フランチェスカ、よく聞くんだ。僕らが感じている、この気持ちを経験する人間は少ない。僕らは、もう、一心同体なんだよ。多くの人々は経験どころか、その存在も知らない関係だ。それを諦めろと言うのかい?」
フランチェスカ:「どういう人生を選択するのかが人生よ。女なら結婚して、子供を産みたい選択をするわ。そこからが(母としての)人生が始まり、(女としての)人生が停まってしまうの。日常の些事(さじ)に追われ、子育てに夢中になる。子供たちが巣立って行って、さて、いよいよ自分の人生を歩もうとしたら、女としての歩き方を忘れてしまっている。
そんな時になって、こんな素晴らしい恋が訪れるなんて...だから、一生大切にしたいのよ。この気持ちのまま、あなたを愛し続けるわ」。

ロバート:「僕は数日ここに居る。君の心を決めるのは、先でいい」。
フランチェスカ:「ロバート、わたしを苦しめないで」。
ロバート:「君は変わる。一度だけ言う。これは、生涯に一度の確かな愛だ」。

翌日の朝、イリノイ州の州祭から3人を載せたトレーラーが、ウインターセットに帰ってきた。
フランチェスカ:「シカゴから何時間掛かったの?」
リチャード:「3時間ほどだよ」。
フランチェスカ:「牛は売れたの?」
リチャード:「連れて帰ってきたよ。売れない方が子供にとって良かったかも」。
フランチェスカ:「そうかもね」。

家族が揃って、いつもの慌ただしいジョンソン家の生活が戻った。夕食後は家族揃って、テレビのバラエティー番組を観る。
二日ほど経って、フランチェスカは、リチャードの運転するクルマに乗って街へ一緒に買物に出掛けた。
その日は、しとしとと雨が降っていた。
夫の買物が終わるのを車の中で待っていると、少し前方にロバートがずぶ濡れになって立っているのが見えた。
クルマの中に居たフランチェスカは動揺した。

そこへ、夫が買物から帰ってきて、車を走らせると、夫の車の前に、ロバートのクルマがピタッと付いた。ロバートのピックアップが赤信号で停まった。
ロバートはフランチェスカのペンダントをバックミラーに掛けて揺らし、フランチェスカを誘った。フランチェスカは右手でドアノブに力を込めて開けようとした。

リチャード:「ワシントン州のナンバーか。街で聞いた橋を撮りに来たカメラマンのようだな」。
フランチェスカの右手に力が入る。しかし、ドアを開けられなかった。
このシーンに涙したのは、ぼくだけではないだろう。
ロバートの車が青信号になっても動かないので、リチャードはクラクションを鳴らした。

ロバートは諦め、交差点を左折して、フランチェスカの視界からパッと消えた。
フランチェスカは泣いた。
リチャード;「フラニー、今日は何かあったのか?」優しい夫は、そのワケを聞かなかった。

それから10年後、1975年に夫は病に倒れて亡くなった。臨終前に、
リチャード:「お前も、何かしたかったことがあったんだろう。それを叶えてやれなかった」と、涙した。
フランチェスカは、夫の死後は、ロバートと出会ったローズマン・ブリッジに行くことが日課のようになっていた。ひょっとしたら、会えるかも知れないと思って、淡い期待を抱きながら・・・。しかし、それは叶わなかった。

1978年のある日、フランチェスカの家に小包が送られてきた。ワシントン州からだった。
小包には写真集「Four Days Remembering(永遠の4日間)」と、愛機のNikon F、ロバートが填めていたブレスレット(腕輪)とフランチェスカのペンダント、遺灰が入っていた。
ロバートの手紙を開ければ、フランチェスカと最初にデートした、ローズマン・ブリッジから遺灰を撒いて欲しいというものだった。

写真集を開くと、「 for F 」フランチェスカ へ・・・。初めて会った日の夜に、フランチェスカが、明日の夜もロバートを誘うため、ローズマン・ブリッジに張り付けた、イェイツの詩を綴ったメモが・・・。

さまよえるアンガスの歌:ウィリアム・バトラー・イェイツ(William Butler Yeats)

蛾にも似た星の瞬きは
時滅ぶまで摘み取られ
荒れた盆地の丘々を
彷徨い歩き、年老いていく
彼女の行方をつきとめて
その手にすがり、その唇にくちづけしたい
丈高い斑の草地を歩きまわり
時がついに果てるまで

月の銀の林檎と
太陽の金の林檎を摘むだろう

ロバートの遺品には、フランチェスカへの気遣いと愛が溢れていた。

母・フランチェスカの手紙には、
「私は夫と二人の子供のために、一生を捧げ家族のために尽くしました。
しかし、ロバートの存在は、彼と出会ってから24年間、ウィンターセットで暮らし続けられた、私の心の支えであったのも事実です。
私はロバートの遺灰をローズマン・ブリッジから撒きました。
あなたたちにも、母がどのような人生を送ったのかを、分かって欲しいのです。
これで、わたしの遺灰をローズマン・ブリッジから撒いて欲しいと言った理由がわかるはずです。
ロバートの写真集は、私の良き理解者になってくれた、ルーシーさんに渡して下さい」。

キャロリンと、マイケルは、母の望み通りに火葬にした。そして、ローズマン・ブリッジから母の遺灰を撒いた。
ロバートとフランチェスカの二人の心の中の記憶に葬られた、永遠の4日間の愛は、愛する子供たちに見守られながら、天国に旅立っていった。

2013年9月20日 尾林 正利

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